悪女が登場する物語
大ヒットした『素晴らしき新世界』で主演のイム・ジヨンが冒頭に扮したのは、朝鮮王朝時代に悪女と称された姜禧嬪(カン・ヒビン)である。一時は栄華を誇ったが、王からの寵愛を失って最後は死罪となってしまった。彼女が300年後にタイムスリップして女優シン・ソリに成り代わるというのが『素晴らしき新世界』の最初のストーリーだった。
それにしても、姜禧嬪という名前は、あの張禧嬪(チャン・ヒビン)とあまりに似ている。きっと、張禧嬪をイメージしたことは間違いない。そこで、『素晴らしき新世界』を面白く見るためにも、この悪女の物語を史実で振り返ってみよう。
追放された正室
1689年、宮廷を激震が走った。絶対的な権力を持つ第19代国王の粛宗(スクチョン)が、正室の仁顕(イニョン)王后を王宮から無情にも追放したのである。この事件は後世の時代劇でも頻繁に描かれる。質素な白い衣をまとい、わずかな供回りで実家へ追われる悲劇の正室。彼女は「私は罪人ゆえ、実家に戻っても粗末な小屋で暮らす」と健気に語り、視聴者の涙を誘う。
彼女が去った後、王妃の座には張禧嬪が就いた。側室から異例の昇格である。権力の頂点に立った彼女は、華美で贅沢な生活を始めた。さらに息子は次期国王の世子として指名される。ここに至り、野望はすべて達成された。周囲には栄華の風が吹き抜け、もはや何一つ思い残すことのない立場を手に入れたのである。
王の心変わり
栄華の季節は長く続かなかった。最大の誤算は、粛宗の移り気な性格であった。張禧嬪が正室の座を得た直後から、王の視線は別の女性を追い求めていたのだ。
新たな寵愛の的は淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)である。彼女はのちにドラマ『トンイ』のヒロインとして描かれた。ただしトンイという女性はドラマ上のフィクションであり、正史においては淑嬪・崔氏と記録されている。
粛宗の心は張禧嬪から離れ、淑嬪・崔氏が王の愛を独占した。だが彼女は栄華だけを求める女性ではなかった。かつての正室である仁顕王后を深く敬愛していたのである。彼女は王に対し、仁顕王后の復帰を幾度も懇願した。「あの方は張禧嬪の狡猾な罠で不当に陥れられたのだ」と、涙ながらに訴え続けたのである。
正史に刻まれた王の自己弁護
淑嬪・崔氏の訴えは王の心を動かした。粛宗は張禧嬪を側室へ降格させ、仁顕王后を再び王妃に迎えると宣言する。
この急な方針転換に高官たちは猛反発した。張禧嬪の息子はすでに世子の地位にあったからだ。未来の王の生母を玉座から下ろす行為は道義的に許されない。官僚たちは口を極めて王を諫めた。
この時の粛宗の弁明は『朝鮮王朝実録』に記されている。都合の悪い事実も残されているのだ。「邪悪な臣下に騙され、誤った処分を下した。だが、今ようやく真実に気がついた」「これまで耐え忍んできたが、ようやく悪党を処分できた。これで堂々と王妃を迎えられる」とまで語る。
見え透いた言い訳に過ぎない。王をそそのかした官僚など存在しないし、王が耐え忍んだ事実もない。真実は単純だ。王が張禧嬪に飽き、新しい恋人の頼みを聞き入れたのだ。権力者の身勝手な欲望が歴史に粉飾を施しただけである。
呪いの儀式
1694年、仁顕王后は奇跡的な帰還を果たす。地位を剥奪された王妃の復位は、前代未聞の快挙である。同年、淑嬪・崔氏は男児を出産した。この子がのちに第22代国王となる英祖(ヨンジョ)である。
しかし、宮廷に戻った仁顕王后の安らぎは短かった。生来病弱であった彼女は病の床に臥せりがちになり、1701年8月にこの世を去る。
直後、驚くべき事実が発覚した。張禧嬪が宮廷の奥に密かに祠を設け、仁顕王后を呪い殺そうとしていたという。この陰謀を告発したのは淑嬪・崔氏であった。
冷酷なる断罪と哀しき結末
もはや粛宗の心に張禧嬪への情は微塵もなかった。王は彼女の行為を死罪に値すると断定する。1701年9月、粛宗は重臣たちを召集し、怒りに震える声で張禧嬪を非難した。
「王妃が病に伏せる間、一度も見舞わなかった。あろうことか呼び捨てにし、邪悪な女だと罵っていた」
王の弾劾は続く。
「密かに神堂を造り、怪しげな者たちと祈祷を行っておかしな動きをしていた。企みは明白である」
罪状を並べ立てた粛宗は、最後に語気を強めて冷酷な命令を下した。
「張禧嬪を自害させよ」
かつて愛した女性の命を奪う決断を、王は自ら下したのである。権力と愛憎が渦巻く宮廷の暗闘は、悲惨な結末を迎えた。
こうした史実を知って『素晴らしき新世界』を改めて見ると、さらに興味が湧いてくるかもしれない。
文=康 大地(こう だいち)
画像=SBS
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