ナムグン・ミンとアン・ウンジンがダブル主演した名作『恋人~あの日聞いた花の咲く音~』。本作は、17世紀前半という波乱に満ちた時代を舞台にした本格的な時代劇である。このドラマをより深く味わうために、絶対に欠かせない要素がある。それは、巨大な脅威として迫りくる「清(しん)」という国家の存在だ。当時の東アジア情勢を知ることは、劇中における人物たちの悲哀を理解する近道となる。そこで、朝鮮王朝を未曾有の危機に陥れた清との戦争の軌跡を振り返ってみよう。
時は1623年にさかのぼる。宮廷内のクーデターにより光海君(クァンヘグン)は失脚し、新たに第16代国王として仁祖(インジョ)が即位した。しかし、新王の国際感覚は極めて乏しかったといえる。当時、大陸では長らく覇権を握っていた明が衰退の一途をたどっていた。その一方で、北方の女真族が建国した「後金」が急速に勢力を拡大していたのである。
新興勢力の台頭
現実的なバランス外交をとるべき状況下で、仁祖は明に対する恩義ばかりを重んじた。台頭する後金を野蛮な国として見下し、あからさまな親明排金政策を推し進めたのである。情勢を見誤ったこの無謀な姿勢が、やがて国家を滅亡の淵へと追いやることになる。
隣国のあからさまに敵対的な態度に対し、後金は当然のごとく軍事行動に出た。1627年、彼らは大軍を率いて国境を越え、朝鮮半島へとなだれ込んだのである。武力においては圧倒的な差があり、朝鮮王朝軍はなすすべもなく敗退を重ねた。
朝廷は首都である漢陽(ハニャン)を放棄し、西岸の江華島(カンファド)へと逃げ込む事態に陥る。この一連の戦乱こそが、「丁卯胡乱(チョンミョホラン)」と呼ばれる悲劇である。 絶望的な状況下で、朝鮮王朝は必死の外交交渉を試みた。その結果、「後金と朝鮮王朝は兄弟の盟約を結ぶ」という条件を呑むことで、なんとか停戦にこぎつけた。
しかし、危機を脱した仁祖は、あろうことかこの和睦の約束を反故にしてしまう。国家間の条約を一方的に破るという行為が、さらに恐ろしい事態を招くのは火を見るより明らかであった。
国号を「清」へ変えた大帝国の猛攻
朝鮮王朝側の不誠実な対応は、後金の怒りを頂点に達させた。1636年5月、強力な指導力を持つホンタイジが新たな皇帝の座に就任した。彼は国家のさらなる飛躍を期して、国名を「清(しん)」へと一新する。大帝国としての威厳を整えた清は、もはや隣の国の裏切りを座視するつもりはなかった。
ついに運命の時が訪れる。同年12月、清は12万という桁違いの大軍を動員したのである。厳冬の朝鮮半島へ向けて、彼らは怒涛の進撃を開始した。
ドラマ『恋人~あの日聞いた花の咲く音~』の物語は、まさにこの恐るべき開戦の瞬間に大きな転換点を迎える。それまで平和な日常を謳歌していたイ・ジャンヒョン(ナムグン・ミン)とユ・ギルチェ(アン・ウンジン)の運命は激変する。二人の人生は、無情にも残酷な戦火の中へと引きずり込まれていくのである。
屈辱の土下座と降伏
現実の歴史は残酷を極めた。雪崩を打って押し寄せる大軍を前にして、仁祖は漢陽(ハニャン)を捨てて再び逃亡を図る。今回は首都の南方に位置する南漢(ナマン)山城へと逃げ込み、なんとか籠城戦に持ち込むことを決断した。
しかし、厳冬期の城内は地獄絵図そのものであった。食糧は瞬く間に底を突き、寒さと飢えで命を落とす者が続出する。援軍のあてもなく完全に孤立無援となった朝鮮王朝は、もはやこれ以上の抵抗を続けることができなかった。ついに城門を開き、屈服するしかなかった。
降伏の儀式は、国家の矜持を粉々に打ち砕くものだった。仁祖は漢江(ハンガン)の畔にある三田渡(サムジョンド)へと赴く。そこには清の皇帝ホンタイジが待ち構えていた。朝鮮国王は冷たい地面に額を何度もこすりつけ、ひたすら謝罪をして命乞いをした。これが後世の歴史に深く刻まれる「丙子胡乱(ピョンジャホラン)」の痛ましい結末であった。
敗戦の傷跡とドラマが描く真実
この日を境に、朝鮮王朝は完全なる敗戦国へ転落し、過酷な運命を受け入れざるを得なくなる。莫大な量の貢物を要求されただけでなく、数多くの人々が捕虜として清国へ連れ去られてしまった。
権力者たちの無謀な判断が招いた悲劇は、名もなき庶民たちに最も重くのしかかった。
この時代の苦難と悲哀は、『恋人~あの日聞いた花の咲く音~』の中で極めて克明に、そして立体的に描き出されている。
国家の敗北という絶望的な歴史的背景を念頭に置くことで、過酷な運命に翻弄されながらも逞しく生き抜く主人公たちの姿は、より一層の深みと感動をもって胸に迫ってくる。
画像=MBC
文=康 大地(こう だいち)




