康熙奉の朝鮮王朝秘話!英祖と思悼世子の確執3

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第3回 自決の強要

重臣たちは執拗に、思悼世子(サドセジャ)を告発した羅景彦(ナ・ギョンオン)の処罰を求めた。彼らは官僚機構の秩序を守るためにも羅景彦を生かしてはおけないと考えていたのだが、果たして理由はそれだけだったのか。むしろ、羅景彦に生きていてもらっては困る別の理由があったのではないのか。いずれにしても、裏には様々な思惑がからんでいた。

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処刑された告発者

重臣たちの意見を聞いたのち、英祖(ヨンジョ)はこう言った。

「確かに、東宮(トングン/思悼世子のこと)を陥れようとした罪は軽くない」

英祖の命令によって羅景彦は刑杖(ヒョンジャン/杖〔つえ〕で身体を痛めつけられる刑罰)となったのだが、意外にも羅景彦のほうから英祖に申し出があった。

「私は東宮を告発しましたので、その罪は死に値すると思います」

このように自ら処刑されることを願った羅景彦。彼がどんなつもりで言ったのかが英祖もまったくわからなかった。




重臣の南泰斉(ナム・デジェ)が言った。

「羅景彦は取るに足らない人物ですし、自ら東宮を陥れようとしたことを白状しています。殿下におかれましては、あの男を生かしておいてはいけません」

他の重臣たちからも、羅景彦の死を求める意見が相次いで出された。もはや英祖も温情をかけてはいけないと思いなおし、羅景彦の処刑に同意した。

こうして羅景彦は首をはねられることになったが、彼の行動は本当に不可解だった。

一体、なんのために思悼世子のことを英祖に告発したのか。

今でも謎が残るのだが、思悼世子の失脚を願う老論派の高官たちが羅景彦をそそのかしたことは間違いないようだ。(ページ2に続く)

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