韓国史

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韓国の近現代史

6月民主抗争!韓国を劇的に変えた1987年(後編)

全斗煥(チョン・ドゥファン)と金泳三(キム・ヨンサム)の会談が実現したのは1987年6月24日だった。この席で金泳三が4月の大統領特別談話を取り消すことを求めたのに対し、全斗煥も「改憲論議を再開することが望ましい」と応えて、事実上特別談話を...
韓国の近現代史

6月民主抗争!韓国を劇的に変えた1987年(中編)

1987年6月10日、ソウル市では、膨れ上がった学生デモ隊が都心部に繰り出し、路上に座りこんで「独裁反対」を叫び星条旗を燃やした。これに対し、戦闘警察は催眠弾攻撃をかけ、双方の激しい攻防が続いた。また、派出所への投石、新聞スタンドへの放火な...
韓国の近現代史

6月民主抗争!韓国を劇的に変えた1987年(前編)

1970年代から1980年代にかけて、韓国は自由を犠牲にした代償として経済的には飛躍的な発展をとげた。しかし、国民の生活が徐々に豊かになっていっても、在野勢力の不満は一向に解消されなかった。強圧的な取締りによって自主的な活動は極端に制限され...
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歴史重要人物

朝鮮王朝を苦しめた「後金」とは何か【その後】中国を支配する「清」になった

ナムグン・ミンが主演した傑作時代劇『恋人~あの日聞いた花の咲く音~』にも盛んに登場する「後金(こうきん)」。この国の成り立ちから、朝鮮半島や中国大陸を巻き込んで覇権を握るまでの激動の歴史を詳しく見てみよう。現在の中国東北部は、かつて満州と呼...
歴史重要人物

光海君(クァンヘグン)!再評価される暴君

最近は韓国時代劇で取り上げられることが多い光海君(クァンヘグン)。朝鮮王朝の歴代王の中でも、現在の韓国で特に関心を持たれている。結果的に王宮を追放されたこの国王は、どんな人生を歩んだのだろうか。燕山君と何が違うのか1392年から1910年ま...
時代劇の登場人物

イ・サン(正祖)が即位直後に一番やりたかったことは?

1776年、24歳で正祖(チョンジョ/ドラマ「イ・サン」の主人公)は王になった。即位後の第一声は「嗚呼!寡人は思悼世子の子なり」という言葉だった。この「寡人(クァイン)」というのは、王が自分のことをいうときの表現だ。王となった正祖正祖の父親...
時代劇の登場人物

『イ・サン』の主人公の正祖(チョンジョ)は本当に名君だった?

朝鮮王朝時代の名君と言えば、なんといっても、ハングルを作った4代王・世宗(セジョン)があまりに有名だ。今でも韓国の小学校に行けば世宗の銅像がよくあるし、1万ウォン紙幣の肖像画になっている。この世宗に名声では及ばないが、匹敵するほどの名君だっ...
日韓/韓国の歴史

韓国で芸能人が卑下されてきた歴史的な背景とは?

世界的なスターを生み出している韓国の芸能界。そのあこがれの世界を夢見る子供たちは多いのですが、いまだに韓国社会では芸能人を低く見る風潮が残っています。そこには、どんな歴史的背景があるのでしょうか。儒教国家であった影響社会的に芸能人が卑下され...
時代劇の登場人物

張禧嬪(チャン・ヒビン)の最期!『トンイ』と史実はこんなに違う

1701年、19代王・粛宗(スクチョン)の側室だった張禧嬪(チャン・ヒビン)は、亡くなった仁顕(イニョン)王后に対して呪詛(じゅそ/呪い殺す儀式のこと)をした罪で死罪となった。そのときの描き方は、史実とドラマ『トンイ』では、どのように違うの...
時代劇の登場人物

『イ・サン』が描いた英祖(ヨンジョ)と思悼世子(サドセジャ)の悲劇とは?

1762年、21代王の英祖(ヨンジョ)は息子の思悼世子(サドセジャ)を米びつに閉じ込めてしまう。思悼世子の素行の悪さに英祖が激怒した結果だった。果たして、結末はどうなったのか。王宮の一角に置かれた米びつ時代劇『イ・サン』の第1話の冒頭を振り...
韓国の近現代史

韓国は日本の植民地時代をどう生きたのか(後編)

1926年には、朝鮮王朝最後の王だった27代王・純宗(スンジョン)が亡くなりました。6月10日に国葬が行なわれましたが、その際に「独立万歳」を叫んだ学生たちと日本の官憲が衝突しました。再び抗日運動が激化したのです。大韓民国臨時政府1929年...
韓国の近現代史

韓国は日本の植民地時代をどう生きたのか(前編)

1910年8月22日、日本と大韓帝国の間で「日韓併合ニ関スル条約」が調印されました。この条約は8月29日に公布され、同時に、518年続いた朝鮮王朝が滅亡しました。朝鮮半島に朝鮮総督府が置かれるようになり、日本の植民地統治が始まりました。朝鮮...
韓国の近現代史

韓国はなぜ日本の植民地になったのか(後編)

閔氏(ミンシ)亡きあと、朝鮮王朝には親日政権が誕生しました。しかし、1896年2月に高宗(コジョン)はひそかに王宮を脱出してロシア公使館にたてこもり、親日派の高官たちを次々に処罰しました。以後、朝鮮王朝はロシア寄りの政治姿勢を鮮明にしたので...
韓国の近現代史

韓国はなぜ日本の植民地になったのか(中編)

日本の朝鮮半島への介入において、先兵のように動いたのが軍艦の雲揚号でした。この雲揚号が1875年9月に、朝鮮王朝の国防の拠点とも言える江華島(カンファド)の沖で挑発的な行動を取りました。朝鮮王朝側も応戦し、局地的な軍事衝突が起きました。これ...
韓国の近現代史

韓国はなぜ日本の植民地になったのか(前編)

朝鮮王朝は1392年に建国されてから518年間続きましたが、1910年に滅亡しています。それは、朝鮮半島が日本の植民地になったからです。そこに至るまでには、どういう経緯があったのでしょうか。3回にわたって取り上げていきます。平和的な善隣関係...
時代劇の登場人物

晩年に悲劇続きだった世祖(セジョ)は因果応報だったのか

朝鮮王朝最高の聖君と言われた4代王・世宗(セジョン)の二男に生まれた世祖(セジョ)。彼は7代王になる過程で、甥から王位を奪って死罪にして、弟も殺している。非道な世祖は晩年に次々と悲劇に見舞われたのだが……。非道をつぐなうかのように甥の端宗(...
時代劇の登場人物

世祖(セジョ)はなぜ朝鮮王朝でも評判が悪いのか

世祖は甥の端宗(タンジョン)から王位を奪って1455年に7代王となった。彼の祖父である3代王・太宗(テジョン)も異母兄弟と骨肉の争いを起こして王になっている。しかし、建国当時と違って、すでに儒教の倫理観が社会に浸透していた時期だっただけに、...
おもしろ人物列伝

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(金宗瑞〔キム・ジョンソ〕編)

第42回 “虎”と称されるほど勇猛だった男金宗瑞(キム・ジョンソ)といえば、首陽(スヤン)大君が6代王・端宗(タンジョン)に圧力をかけていたとき、その端宗を守り抜こうとした男だった。今でも「忠臣の鑑(かがみ)」として記憶されている。次代の王...
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