歴史物語

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日韓/韓国の歴史

日本との外交を憂慮した申叔舟(シン・スクチュ)の遺言!

申叔舟(シン・スクチュ)は15世紀の朝鮮王朝で官僚トップになった人物だった。日本に行った経験もあり、当時の朝鮮王朝で誰よりも日本のことをよく知っていた。そんな彼は臨終のときにどんな言葉を残したのか。1443年に来日した申叔舟1392年に誕生...
時代劇の登場人物

パク・ボゴムが演じたイ・ヨンは時代劇屈指のキャラクター!

韓国時代劇で一番印象に残るキャラクターは誰か。そういう質問を受けたら、チャングム(長今)と答える人が一番多いはずだ。しかし、『雲が描いた月明り』が人気を獲得してからは、新たにイ・ヨンが印象深いキャラクターに浮上してきた。イ・ヨンのモデルは誰...
時代劇の登場人物

イ・ヨン(孝明世子)は史実でも本当に妹思いだった!

パク・ボゴムとキム・ユジョンが主演した『雲が描いた月明り』は、史実を基にしてフィクションを加えた時代劇である。実際のイ・ヨンは、大変な妹思いの兄として歴史的に有名だった。多くの妹たち23代王・純祖(スンジョ)の長男であったイ・ヨンこと孝明世...
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時代劇の登場人物

『雲が描いた月明かり』の時代2【イ・ヨン(孝明世子)の生き方は?】

パク・ボゴムとキム・ユジョンが主演して大人気となった時代劇『雲が描いた月明かり』の歴史背景を解説するシリーズの第2回目。今回は、主人公となっているイ・ヨンの性格や生き方について見ていこう。イ・サンに似ていた孫1809年に生まれた孝明世子(ヒ...
朝鮮通信使

世界遺産となった朝鮮通信使とは何か

ユネスコの「世界の記憶」に、日韓の団体が共同で申請していた「朝鮮通信使に関する記録」が選ばれた。この朝鮮通信使とは、歴史的にどんな存在なのだろうか。友好の証であった使節の概略を見てみよう。第1回目は1607年朝鮮通信使は、徳川幕府と朝鮮王朝...
時代劇の登場人物

『イ・サン』の主人公の正祖(チョンジョ)は本当に名君だった?

朝鮮王朝時代の名君と言えば、なんといっても、ハングルを作った4代王・世宗(セジョン)があまりに有名だ。今でも韓国の小学校に行けば世宗の銅像がよくあるし、1万ウォン紙幣の肖像画になっている。この世宗に名声では及ばないが、匹敵するほどの名君だっ...
時代劇の登場人物

少子化の真逆!王建(ワン・ゴン)には25人の王子がいた?

高麗王朝の初代王であった王建(ワン・ゴン)。韓国時代劇の主人公になった英雄だが、彼には非常に多くの子供たちがいた。それは、彼が王朝を建国する過程で「あること」を繰り返した結果であった。29人の夫人877年に開城(ケソン/当時は松岳〔ソンアク...
日韓/韓国の歴史

韓国で芸能人が卑下されてきた歴史的な背景とは?

世界的なスターを生み出している韓国の芸能界。そのあこがれの世界を夢見る子供たちは多いのですが、いまだに韓国社会では芸能人を低く見る風潮が残っています。そこには、どんな歴史的背景があるのでしょうか。儒教国家であった影響社会的に芸能人が卑下され...
時代劇の登場人物

張禧嬪(チャン・ヒビン)の最期!『トンイ』と史実はこんなに違う

1701年、19代王・粛宗(スクチョン)の側室だった張禧嬪(チャン・ヒビン)は、亡くなった仁顕(イニョン)王后に対して呪詛(じゅそ/呪い殺す儀式のこと)をした罪で死罪となった。そのときの描き方は、史実とドラマ『トンイ』では、どのように違うの...
日韓/韓国の歴史

〔総集編〕韓国はなぜ日本の植民地になったのか

先に「韓国はなぜ日本の植民地になったのか」という記事を前編・中編・後編の3回に分けて掲載しました。今度はそれを〔総集編〕として1回にまとめ、改めて掲載します。「19世紀の半ばから朝鮮半島がどのように日本の介入を受けたのか」ということを時系列...
時代劇の登場人物

『イ・サン』が描いた英祖(ヨンジョ)と思悼世子(サドセジャ)の悲劇とは?

1762年、21代王の英祖(ヨンジョ)は息子の思悼世子(サドセジャ)を米びつに閉じ込めてしまう。思悼世子の素行の悪さに英祖が激怒した結果だった。果たして、結末はどうなったのか。王宮の一角に置かれた米びつ時代劇『イ・サン』の第1話の冒頭を振り...
韓国の近現代史

韓国は日本の植民地時代をどう生きたのか(後編)

1926年には、朝鮮王朝最後の王だった27代王・純宗(スンジョン)が亡くなりました。6月10日に国葬が行なわれましたが、その際に「独立万歳」を叫んだ学生たちと日本の官憲が衝突しました。再び抗日運動が激化したのです。大韓民国臨時政府1929年...
韓国の近現代史

韓国は日本の植民地時代をどう生きたのか(前編)

1910年8月22日、日本と大韓帝国の間で「日韓併合ニ関スル条約」が調印されました。この条約は8月29日に公布され、同時に、518年続いた朝鮮王朝が滅亡しました。朝鮮半島に朝鮮総督府が置かれるようになり、日本の植民地統治が始まりました。朝鮮...
韓国の近現代史

韓国はなぜ日本の植民地になったのか(後編)

閔氏(ミンシ)亡きあと、朝鮮王朝には親日政権が誕生しました。しかし、1896年2月に高宗(コジョン)はひそかに王宮を脱出してロシア公使館にたてこもり、親日派の高官たちを次々に処罰しました。以後、朝鮮王朝はロシア寄りの政治姿勢を鮮明にしたので...
韓国の近現代史

韓国はなぜ日本の植民地になったのか(中編)

日本の朝鮮半島への介入において、先兵のように動いたのが軍艦の雲揚号でした。この雲揚号が1875年9月に、朝鮮王朝の国防の拠点とも言える江華島(カンファド)の沖で挑発的な行動を取りました。朝鮮王朝側も応戦し、局地的な軍事衝突が起きました。これ...
韓国の近現代史

韓国はなぜ日本の植民地になったのか(前編)

朝鮮王朝は1392年に建国されてから518年間続きましたが、1910年に滅亡しています。それは、朝鮮半島が日本の植民地になったからです。そこに至るまでには、どういう経緯があったのでしょうか。3回にわたって取り上げていきます。平和的な善隣関係...
時代劇の登場人物

仁祖(インジョ)はなぜ光海君(クァンヘグン)の斬首を拒んだ?

1623年、15代王の光海君(クゥンヘグン)は、仁祖(インジョ)が起こしたクーデターによって王宮を追放された。このとき、光海君は斬首にされても仕方がなかった。しかし、仁祖は絶対にそうしなかった。それはなぜなのか。クーデターが成功1623年3...
時代劇の登場人物

世宗(セジョン)と正祖(チョンジョ)の実例!朝鮮王朝の王の食膳とは?

朝鮮王朝の王の食膳には、超豪華な料理がズラリと並ぶのが通例だった。「食べきれないのに、なぜあんなに多くの品数を出すのだろうか」と疑問に思えるが、あれは食べるための料理ではなかったのである。それでは何のためなのか?とても小食だった国王実は、王...
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