朝鮮王朝おもしろ人物列伝(チャングム編)

おもしろ人物列伝
スポンサーリンク

第11回 中宗に関わりを持つ医女・チャングム

日本でも大ヒットしたドラマ『宮廷女官 チャングムの誓い』。その主人公であるチャングムが実在する人物というのは、韓国時代劇が好きなファンにはよく知られる事実だ。しかし、史実でのチャングム(長今)は、朝鮮王朝の公的な歴史書「朝鮮王朝実録」に10カ所あまり記述が残されているだけの謎多き人物だ。ドラマとは違う史実のチャングムの素顔に迫る……。

医女が誕生した理由

医女・チャングムが歴史書に登場したのは、11代王・中宗(チュンジョン)の時代になってからだ。

当時の朝鮮王朝の王宮には、政治に携わる高官から王の身の回りの世話をする宮女まで多くの人が働いていた。中でも専門的な知識が必要だったのが医官である。医官は基本的に男性が務めていたが、時代と共に女性の医官=医女の必要性が高まってきた

なぜなら、当時の社会では、女性が夫以外の男性に肌を見せることは大変な侮辱行為とされていたため、女性はたとえ病気になろうとも医官の診察を拒む場合が多かったのだ。




「このままでは、女性たちの病気がいっこうに治らない」と、頭を悩ませたのが3代王・太宗(テジョン)である。しかし、名門出身の女性たちは、誰も医女になりたがらなかった。仕方がなく、太宗は最下層の身分である奴婢(ヌヒ)から医女を選ぶことにした。

その結果、医女の身分や扱いは低く見られがちだった。

特に、朝鮮王朝27人の王の中でも最悪の暴君と呼ばれる10代王・燕山君(ヨンサングン)は、酒席に医女を呼んで酌を強要することもあった。

こうした習慣を憂いたのが11代王・中宗である。彼は医女を必要以上に低く見る風潮を禁止しようと動いた。そんな中宗の努力の結果が、医女・チャングムの登場に繋がった。(ページ2に続く)

〔特集〕もしかして医女のチャングム(長今)は何人もいた?

〔特集〕もしかして医女のチャングム(長今)は何人もいた? | 韓国時代劇アンニョン
韓国時代劇の金字塔となった『宮廷女官 チャングムの誓い』。このドラマが大人気になったおかげで、朝鮮王朝時代の医女だったチャングム(長今)は超有名人になった。彼女のことを知らない韓国の人は、おそらくいないだろう。

中宗(チュンジョン)の正体!嫌々王になって最後まで影が薄かった

中宗(チュンジョン)の正体!嫌々王になって最後まで影が薄かった | 韓国時代劇アンニョン
『宮廷女官 チャングムの誓い』にもよく登場していた11代王・中宗(チュンジョン)。韓国時代劇の中では登場回数がとても多い王である。果たして、実際にはどんな王であったのか。

長今(チャングム)の登場!激動の朝鮮王朝史6

長今(チャングム)の登場!激動の朝鮮王朝史6 | 朝鮮王朝オッテヨ
11代王の中宗(チュンジョン)は自分が王になりたくてなったわけではない。それなのに、クーデターを成功させた高官たちは、いきなり中宗に「妻と離縁してください」と要請してきた。妻は中宗の即位にともなって端敬(タンギョン)王后になっていた。

朝鮮王朝の女官たちの知られざる世界!

朝鮮王朝の女官たちの知られざる世界! | 朝鮮王朝オッテヨ
王宮に入った女官が尚宮(サングン/正五品の品階を持つ上位の女官)になるまでには長い年月を要した。その間に、失態をおかさずひたすら堪えなければならない。それだけに、労多くして尚宮にのぼりつめたあかつきには、自らの権力を思う存分に使うことができ...

コメント