第24回 毒殺された可能性のある王
仁宗(インジョン)は、27人の王の中でもっとも親孝行した立派な人物なのだが、性格はかなりのお人好しだ。しかし、その性格を利用されて、彼は自分の命を危険にさらしてしまう。
親のために死を選ぶ覚悟
1515年、峼(ホ)は、11代王・中宗(チュンジョン)と二番目の正室である章敬(チャンギョン)王后の間に生まれた。しかし、章敬王后が出産から6日後に亡くなってしまったため、彼は三番目の正室である文定(ムンジョン)王后に育てられた。
その文定王后が、1534年に息子の慶源大君(キョンウォンデグン)を産んだ。彼女は「自分の子を王にしたい」と思ったが、前妻の子で世子(セジャ)に指名されていた峼がいたため、それは難しかった。それでも文定王后は諦めず、世子を亡き者にしようとして、峼が妻と休んでいた宮殿に火を放った。
異常な熱気を感じた峼は、火事に気付いて妻に先に逃げるように言うと、宮殿の中で座った。その火事が文定王后の起こしたものだと見抜いていた彼は、自分の死を望む親のためにと、自ら死を選んだ。
峼の妻は、そんな夫の行動に驚きを隠せなかった。さらに、妻は「夫を見捨てて逃げるわけにはいかない」と思い、一緒に宮殿の中に残った。しかし、夫婦は宮殿が崩れ落ちる前に助け出されたため、文定王后の策は失敗に終わる。(ページ2に続く)
文定(ムンジョン)王后が継母だったことが仁宗(インジョン)の悲劇!
文定(ムンジョン)王后が継母だったことが仁宗(インジョン)の悲劇! | 朝鮮王朝オッテヨ
朝鮮王朝は儒教を国教にしていたが、儒教の最高の徳目と言われたのが「仁」である。この漢字を諡(おくりな/死後の尊号)につけているのが12代王の仁宗(インジョン)だ。「彼ほど親孝行な王族はいない」と言われたほどの人物であった。
極ワルの文定(ムンジョン)王后/朝鮮王朝悪女列伝3
極ワルの文定(ムンジョン)王后/朝鮮王朝悪女列伝3 | 朝鮮王朝オッテヨ
11代王・中宗(チュンジョン)には3人の妻がいた。最初の妻が端敬(タンギョン)王后、2人目の妻は章敬(チャンギョン)王后、3人目の妻が文定(ムンジョン)王后である。
中宗(チュンジョン)の正体!嫌々王になって最後まで影が薄かった
中宗(チュンジョン)の正体!嫌々王になって最後まで影が薄かった | 韓国時代劇アンニョン
『宮廷女官 チャングムの誓い』にもよく登場していた11代王・中宗(チュンジョン)。韓国時代劇の中では登場回数がとても多い王である。果たして、実際にはどんな王であったのか。
文定(ムンジョン)王后!仁宗(インジョン)を毒殺した(?)冷血な継母
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