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過去の記事一覧
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善徳女王はいかに生きたか(後編)
善徳女王は、新羅(シルラ)の学問振興にも並々ならぬ熱意を見せた。640年には、優秀な学生たちを唐に派遣して、唐の有名な学校に入学させてほしいと頼み込んでいる。この時期、唐は多くの優れた儒教学者を都に集… -
善徳女王はいかに生きたか(前編)
676年に朝鮮半島を初めて統一した新羅(シルラ)には、かつて3人の女王が誕生している。順に、善徳(ソンドク)女王、真徳(チンドク)女王、真聖(チンソン)女王である。 小さいこ… -
韓ドラは「言葉のケンカ」でストーリーが続いていく
韓国ドラマでは激しく言い争いをする場面が本当に目立つ。あるいは、あまりにヒステリックな場面が多い。ときには、見ていて疲れてしまい、思わずテレビを消したくなることもある。なぜ韓国ドラマには言い争うシーン… -
康熙奉の繰り返す『マイ・ディア・ミスター』讃歌2「タルトンネで見る月」
『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん』にはとても好きな名場面が多いのだが、その一つが第5話でジアン(IU)が祖母のハルモニを連れて月を見に行くシーンだ。何度見ても心が温かくなる場面だ。 … -
入隊したEXOのKAI!今後の予定は?
EXOのKAIが5月11日に陸軍訓練所へ入所した。これから新兵訓練を行なったあとで、社会服務要員として軍務の代替勤務をすることになる。スケジュールとしてはどういう予定になるのか。 [captio… -
社会服務要員の日常生活はどうなるか
韓国の兵役制度によると、兵役対象者が徴兵検査で1級から3級までに判定されると現役兵となる。そして、持病や精神面などを理由に4級の判定を受けると、社会服務要員となって軍務の代替服務をする。それが社会服務… -
張禧嬪(チャン・ヒビン)はこのように生きた!(後編)
そんな張禧嬪(チャン・ヒビン)にとってショックな出来事が起こる。1694年9月20日に淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏が息子を産んだのだ。この息子が、後の21代王・英祖(ヨンジョ)になる延礽君(ヨニング… -
張禧嬪(チャン・ヒビン)はこのように生きた!(中編)
政権の内部では仁顕(イニョン)王后が属する西人派(ソインパ)と、張禧嬪(チャン・ヒビン)が属する南人派(ナミンパ)が派閥の主導権争いをしていた。最初は、仁顕王后の後ろ盾があったことで優位にたっていた西… -
張禧嬪(チャン・ヒビン)はこのように生きた!(前編)
朝鮮王朝三大悪女の1人として知られている張禧嬪(チャン・ヒビン)は、1659年に生まれ、女官として王宮に入った。とても美しい女性として評判だった張禧嬪が、19代王・粛宗(スクチョン)に見初められたのは… -
昭憲王后(ソホンワンフ)の人生は何だったのか
ハングルを作ったことで有名な4代王・世宗(セジョン)。その彼を支えたのが妻の昭憲(ソホン)王后(1395-1446年)である。彼女が王妃になったことで実家が大いに繁栄したが、その後、まるで奈落の底に落…