19代王の粛宗(スクチョン)をめぐって、側室から王妃に昇格した張禧嬪(チャン・ヒビン)と、政治的な思惑の中で側室となったトンイ(淑嬪・崔氏〔スクピン・チェシ〕)がライバル物語を繰り広げる。果たして、その結果は?
張禧嬪の降格
1694年3月に大事件が起きる。
淑嬪・崔氏を支持する西人(ソイン)派の官僚たちが告発書を朝廷に提出したのである。そこに何が書かれているかというと、張禧嬪の兄である張希載(チャン・ヒジェ)が淑嬪・崔氏を毒殺しようとしたということだ。
王宮内は大騒ぎになる。やがて粛宗は「張希載を処罰せよ」と命令を出した。その際、西人派の中は「張希載を処刑せよ」という強硬な意見と「流罪にするだけでいい」という穏健な意見に分かれた。
つまり、西人派の中でも賛否両論があったのだ。このとき、「張希載を処刑せよ」と強硬に言った人たちが後に老論(ノロン)派となる。その一方で、「処刑までは必要ない」と主張した一派が少論(ソロン)派となった。
結局、張希載は済州島に流罪になった。この機に乗じて、粛宗は1689年に廃妃にした仁顕(イニョン)王后を王妃に戻すという決定をした。それと同時に、王妃の座から張禧嬪を降格させるということを発表する。
これは、大きな政変を引き起した。
最終的に西人派が勝って南人派が負けたのである。(ページ2に続く)
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