背後で足音がしたので振り向くと、霧の中から1人の女性が忽然と現れた。よく見ると、なんと、行きのフェリーにいたラーメン作りの名人ではないか。相変わらずの仏頂面で、どこかへ急いでいる様子なので、興味をそそられて後を付けてみたら、急に路地へ入った。急いでその路地へ行って見たが、もう姿が消えていた。ふっくらした体型にもかかわらず動きは素早い。
朝の食堂を探す
<どこへ行ったんだろ>
あたりを見回しているうちに、ようやく我に返った。怪しげな行動をしている自分に気づき、そそくさと来た道を戻った。
再び、岸壁に立って霧の中の風景を見る。港の中はまったく波がなく、静かな海面を見せていた。そんな静寂を時折破って、小さな船が港に帰ってくる。その船が作る幾重もの波紋が、ぶつかり合いながら不規則な造形を作る。ときにはそれが人の形のようになったりして、見ていて飽きなかった。気分はまるで幼稚園児である。
黄色い合羽を着て釣りをしている人のそばに寄ってみると、海中にいる10センチほどの魚がはっきりと見えた。それでもなかなか釣れない。釣り人はイライラしていたが、私は心の中で「まだ年季が足りないな」とつぶやいた。気分はまるで仙人である。
相変わらず霧は深く、うっすらと山の輪郭が見えそうになることもあるが、次の瞬間にはもう何も見えなくなる。霧も煙のように動いているのだ。まるで自分の心情をうつしているかのように……。
霧と自分を重ね合わせるのも、現実に今、私が人生の深い霧の中に紛れ込んでいるからかもしれない。
午前8時になっても、霧は晴れるどころかさらに深くなった。空腹を覚えたので朝食でも食べようと思い、食堂を探した。
ちょうどドアが半開きの食堂があったので、その店に入りかけたが、急にピタリと足が止まった。アジュンマが食卓の前に座って熱心に化粧をしている姿が目に入ったからだ。鏡を見ながら、やたらと塗りたくっている。朝の食堂で、仕込みよりも化粧に熱心というのはいかがなものか。雰囲気からして、化粧後に手を念入りに洗わないで食事を作るような気がした。
けれど、私の態勢は完全に食堂に入りかけている。アジュンマも私に気がついてニヤリと笑った。厚化粧でも隠せないシワがなんとも不気味だ。
私も一応は笑顔を見せたものの、何か急に用事を思い出した素振りを見せて、あわててその場を離れた。気が小さいから退散するときも落ち着きがない。
文・写真=康 熙奉(カン・ヒボン)