ふと見ると、屋台の陰に観光案内所がポツンとあった。といっても、小さなプレハブの小屋だ。海側に向いた小さな窓も閉められていて、中に人がいる気配はしなかった。それでも、念のためと思って声をかけてみると、窓が開いて40代の女性が姿を現した。パーマをかけた髪と、派手に塗った赤い口紅。どこから見ても、隙がないほど典型的な韓国のアジュンマだ。
『珍島物語』
観光地図をもらいながら話し込んだ。ソウルの観光案内所では必要最低限の事務的な対応をされることが多いのだが、アジュンマは大変親切な人で、日本から来たと言うと大いに喜んでくれた。
「最近は日本からも多くの人が来るようになったわよ」
「やっぱり、『珍島物語』が日本でヒットしたからですね」
「ホントにありがたいわ。歌っている歌手は、なんて言ったっけ?」
「天童よしみ、ですか」
「そう、そう。そんな名前だったわ。感謝したいわね」
「今年は2日前に終わったそうですね。もっと早く来れば良かった」
「実はね、海割れは年に何度か起きるのよ。でも、明け方や深夜では多くの人が集まれないでしょ。その点、旧暦の2月下旬か3月の初めに起こる神秘の海割れは夕方なので人が集まりやすいの。新暦でいえば4月中旬か下旬。今年は一昨日がその日に当たっていて、2時間ほど海が割れて大勢の人が茅島まで歩いて行ったのよ」
「2時間くらいなんですか。また水が増えてきたとき、歩くのが遅くて溺れた人はいないんですか」
「私が知るかぎり、過去30年間に溺れて死んだ人はいないわよ」
「そりゃ、よかった。海が割れたときは、歩きながら貝や蟹が採れるというから、欲張りな人は溺れるんじゃないかと心配しましたよ」
「そんな心配はいらないわ。もっと大事なことを心配しなさいよ」
「ハハハ。もっともですね」
そんな話で盛り上がっていた。
(続く)
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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