うまそうに煙草を吸う人
次に向かったのは、青山島の北西にあるチリ海岸だった。
1キロメートルにわたって続く白い砂浜と、それを見守るように立つ松林。海の水も青く澄んでいて、視覚に入る構図のすべてが絵になっていた。
ここにも『春のワルツ』の撮影に使われた家があった。それは、男性主人公のチェハが少年時代に父と住んだという設定になっていた廃屋だった。
今も、家は全体的に傾いていて、外壁の板がはがれていた。人が住んでいるとは到底思えなかったが、ジェファンさんが何度か声をかけると、中から40代の男が出てきた。昼寝をしていた様子で、まだ寝ぼけたような感じだったが、人が来たのが意外とうれしいようで、玄関先まで出てきた。
男はジェファンさんと知人の消息について話し始めた。私はそばで聞きながら、男が煙草を吸うのを羨ましそうに見ていた。
私自身は煙草を吸わないのに、なにゆえに羨ましかったのか。答はいたって単純で、こんなにもうまそうに煙草を吸う人を見たことがなかったからだ。
男は吸った煙をすぐに吐き出すのが惜しいかのように、息を止めて煙を体内に留め、こらえきれなくなってようやく吐き出した。その合間にも会話を途切れさせないのだから実に器用である。
ジェファンさんが「日本から来た人です」と私を紹介すると、男は薄笑いを浮かべて「この島から日本へ行った人間も何人かいるよね。俺も行ってみるかな」と言った。
一体、どんなふうに暮らしている人なんだろうか。
こんな朽ち果てた家で1人、普段は何をしているのか。
「俺も今はこんな生活だけど、しょうがないよね、自分でそうしたんだから」
目を細めて、男はポツリとそう言った。(ページ3に続く)