第1回/済州島でアワビを食べる
行き場を失った水が、豪快に海に落ちていく。その光景を間近に見ていて思うのは、重力の恐ろしさである。落葉の名残惜しさもなく、粉雪の幻想性もなく、水は23メートルの高さから海に向かって真っ逆さまに落ちる。付いた名が正房瀑布(チョンバンポッポ)。「正しい房」という言葉には、まっすぐ落下する雄々しさが込められている。
韓国最南端の都市「西帰浦」
私(康熙奉〔カン・ヒボン〕)は、正房瀑布の下に立ってみた。
滝壺から10メートルほど離れていても、どんどん水しぶきが飛んでくる。頭が濡れる。シャツが濡れる。だが、離れる気はサラサラない。滝の水しぶきをこんなに浴びるなんて、まさに初めての体験。シャツは濡れても気分は開けっ広げになるばかりだ。カメラが濡れては困るので、ポケットの中にしまいこみ、さらに滝に近づいていく。水遊びが大好きだった子供の頃が鮮明に甦ってくる。
ここは、済州島(チェジュド)の西帰浦(ソギポ)市。韓国最南端の都市である。
一極集中が凄まじく進むソウルからあまりに遠く離れているからなのか、ここが同じ韓国とは思えないほどに時間がゆったり流れている。
髪がかなり濡れてしまったので、そろそろ滝から離れなくてはならなくなった。おあつらえむきに、海岸の岩場に露店が出ていて、海女さんが採ってきたばかりの海の幸を並べ、観光客が寄ってくるのを待っている。
黒い潜水服に身を包んだ3人の海女さんは全員が60代以上だが、海と共に生活してきた風格が漂う。カメラを持った身からすると、ぜひ撮りたくなる人たちだった。
早速、カメラを向けると、真ん中にいた長老格の海女さんが、手を激しく振って何か叫んでいる。すごい形相だ。
「お願い、可愛く撮ってね。うまく撮れてるようだったら、アワビの刺身をサービスするから」
なんて言っているわけがない。
明らかに怒っている。相手があまりに早口な上にすごい済州島訛りが加わって、うまく聞き取れない。(ページ2に続く)