『華政(ファジョン)』に登場!光海君(クァンヘグン)の実像〔第4回〕

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

『朝鮮王朝実録』を読んでいくと、光海君に対してひどい蔑称を使っていて、光海君を悪者にしようという意図が露骨に見えます。果たして、光海君は本当に、単純な暴君だったのでしょうか。

dsc_0054

光海君を追放する号令

燕山君(ヨンサングン)を追放した1506年の「中宗反正(チュンジョンパンジョン)」は、暴政を終わらせたという意味において、本当の「反正」であることに間違いありません。
しかし、仁祖(インジョ)は、悪い政治を正すというより個人的な恨みを晴らすために決起しました。光海君の一派によって殺された弟の復讐がクーデターの目的だったのです。つまり、事情は個人的であり、大義はありませんでした。




仁祖にも後ろめたい気持ちがあったのでしょう。クーデターを起こしたとき、西宮(ソグン)に幽閉されていた仁穆(インモク)王后をかつぎだそうとしました。そこで、仁祖は使者を送って仁穆王后に「光海君を追放する号令を出してください」と頼みます。(ページ2に続く)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(15代王・光海君編)

光海君(クァンヘグン)!再評価される暴君

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(金介屎〔キム・ゲシ〕編)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(仁穆〔インモク〕王后編)

ページ:

1

2 3 4

関連記事

  1. 光海君と仁祖のライバル物語2「外交」

  2. 康熙奉(カン・ヒボン)が語る「仁祖(インジョ)の功罪」(前編)

  3. 光海君の末路!廃位になった後どうなった?(歴史編)

  4. 仁祖(インジョ)はなぜ光海君(クァンヘグン)の斬首を拒んだ?

  5. 光海君と仁祖のライバル物語5「失政」(歴史編)

  6. 光海君(クァンヘグン)!再評価される暴君

  7. 仁祖(インジョ)の生涯1!綾陽君(ヌンヤングン)の即位

  8. 『華政(ファジョン)』に登場!光海君(クァンヘグン)の実像〔第3回〕

  9. 光海君(クァンヘグン)が仁穆(インモク)王后に復讐された日(後編)

PAGE TOP