キム・ユジョンは12歳の時に何を語ったか(第1回)

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幼い頃から天才子役と呼ばれたキム・ユジョンは、『雲が描いた月明り』で大人の俳優としての成長を見せた。そんな彼女にロング・インタビューをしたのは2012年7月のことだった。1999年9月に生まれたキム・ユジョンはこの時は12歳。まずはインタビューの第1回目をお届けしよう。

2012年7月に撮影




4歳でデビュー

――そもそも女優になったきっかけは何でしょうか。
「芸能界に入ったのが4歳の時でした。母が私の1歳の誕生日の写真をインターネットにあげておいたのを偶然見た関係者にスカウトされたのが最初です。あの時は何も知らずに、ただ母に連れられていただけです。口数も少なく人見知りな性格だったので、最初は演技するのもそんなに面白いとは思っていませんでしたが、成長しながら演技に対してもいろいろと考えるようになり、俳優としてもっとがんばらなければ、と思うようにもなって、だんだん自分の意志でするようになったんです」
――初めて出演した作品は?
「映画では『親切なクムジャさん』です。拉致された子供の役で出演しましたが、チェ・ミンシク先輩があまりにも怖くてセリフも言えずに、ただ泣いていたそうです。パク・チャヌク監督が“もう大丈夫。やるだけやったからこちらへ来なさい”とおっしゃいましたが、私はカメラの前に立って、言うことを聞かなかったとか。




もっとやりたいから、と。それで監督が“君は欲張りだな”と言ったそうです。この話を後で母から聞きましたが、私はまったく覚えていないんですよ(笑) 」
――上手になりたいと思ったんですよね。それは何歳の時ですか。
「5歳か6歳ですね」
(ページ2に続く)

キム・ユジョンは12歳の時に何を語ったか(第2回)

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