国王失格
周囲が不穏になっていたのに、光海君は迂闊(うかつ)だった。よもやクーデターが起きるとは思っていなかったのだ。
1623年3月13日の明け方、綾陽君に率いられたクーデター軍は、内通者の協力を得て王宮の中に侵入した。
本来なら万全の守りを固めているはずの護衛兵たちも、クーデター軍に抵抗しなかった。それほど内通者たちは巧みに味方を増やしていた。
虚をつかれた光海君は、わずかなお供を連れて逃げるしかなかった。しかし、綾陽君はそれを見抜いていて、光海君はすぐに捕らえられた。
こうしてクーデターは計画どおりに成功した。綾陽君は亡き父と弟の恨みをしっかりと晴らしたのである。
光海君は流罪となり、綾陽君が16代王の仁祖(インジョ)として即位した。
その仁祖だが、クーデターを成功させるまでは卓越した戦略性と優れた統率力を持っていたのに、いざ王になると別人のように振る舞い、凡庸な政治しかできなかった。
彼の才能は、光海君に対する恨みを晴らした時点でほぼ枯渇したのである。以後の彼は、暗愚な国王として朝鮮王朝を危機にさらした。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』。
仁祖(インジョ)はなぜ光海君(クァンヘグン)の斬首を拒んだ?