『七日の王妃』主人公の端敬(タンギョン)王后!離縁後の人生は?

このエントリーをはてなブックマークに追加

初志貫徹ができない王

中宗は妻の端敬王后を心から愛していた。離縁などできるはずがない。しかし、高官たちは執拗に離縁を迫ってきた。
それには理由があった。
端敬王后の父親は燕山君の一番の側近であった。また、燕山君の妻は端敬王后の叔母だったのだ。
このように、端敬王后の身内には燕山君と深い関係の人が多かった。
高官たちは、燕山君一派の残党たちが端敬王后をかついで復讐をしかけてくることを警戒した。つまり、端敬王后が王妃の座にいると困るのだ。




当初は拒絶していた中宗だったが、それも長続きしなかった。
彼はクーデターを成功させた高官たちに、からっきし頭が上がらなかった。
ついに、中宗は高官たちの要求を呑まざるをえなくなってしまった。
それほど、中宗は初志貫徹ができない王であった。
端敬王后が王宮を去ったあと、中宗は悲しみにくれて、王宮の高い場所にひんぱんに上がっていった。端敬王后が住むあたりをながめるためだった。
そのことが都で話題になった。
(ページ3に続く)

『七日の王妃』の端敬(タンギョン)王后と中宗(チュンジョン)の「別れる理由」とは?

『七日の王妃』の端敬(タンギョン)王后はなぜ復位できなかったのか

『七日の王妃』の端敬(タンギョン)王后はどんな女性だったのか

チマ岩の伝説のヒロイン端敬(タンギョン)王后!朝鮮王朝王妃側室物語9

『七日の王妃』歴史解説!燕山君(ヨンサングン)と中宗(チュンジョン)と端敬(タンギョン)王后の運命

中宗(チュンジョン)が離縁した端敬(タンギョン)王后の悲しき人生!

ページ:
1

2

3

関連記事

  1. 朝鮮王朝の有名な悪女の最後はどれほど悲惨だったか

  2. イ・ヨン(孝明世子)はどんな世子だったのか

  3. 英祖と思悼世子の物語5「不可解な生母の意図」

  4. 『麗<レイ>』の主人公となった国王の本当の姿!

  5. 中宗はどんな国王だったのか

  6. 正祖(イ・サン)はどんな国王だったのか

  7. 世祖(セジョ)はなぜ朝鮮王朝でも評判が悪いのか

  8. 廃妃になった女性たちの物語

  9. 超話題の『マンガでわかる!韓国時代劇のすべて』!

PAGE TOP