少子化の真逆!王建(ワン・ゴン)には25人の王子がいた?

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

高麗王朝の初代王であった王建(ワン・ゴン)。韓国時代劇の主人公になった英雄だが、彼には非常に多くの子供たちがいた。それは、彼が王朝を建国する過程で「あること」を繰り返した結果であった。

ワンゴン

29人の夫人

877年に開城(ケソン/当時は松岳〔ソンアク〕と呼ばれていた)で生まれた王建は、小さい頃から武芸と学問に励み、特別な才能を発揮していた。
長じて文武に秀でた武将となった彼は、918年に「高麗(コリョ)」を建国。衰退していた新羅(シルラ)を吸収して、936年に朝鮮半島を統一した。
それほど強大になった王朝の創設者だった王建。歴史的には「太祖(テジョ)」と呼ぶれている。ただし、朝鮮王朝をつくった李成桂(イ・ソンゲ)も「太祖」と称されているので、区別するために「太祖王建」と呼ばれることも多い。




この王建のことで特筆すべきは、子供の数があまりに多かったということだ。一説によると、王建には25人の王子と9人の王女がいたと言われている。
なぜ彼には子供がそんなにいたのか。
それは、王建が勢力を拡大する過程で、結婚を繰り返したからだ。つまり、彼は「重婚の帝王」と呼ばれる存在で、29人の夫人がいたとされている。それも、ほとんどが政略結婚なのである。(ページ2に続く)

「朝鮮王朝三大悪女」よりもっと強烈な悪女とは?
https://goo.gl/Ff3ssb

張禧嬪(チャン・ヒビン)/朝鮮王朝美女物語4
https://goo.gl/7Bh5QF

光海君(クァンヘグン)と仁祖(インジョ)の激闘1
https://goo.gl/uZrRCx

固定ページ:

1

2

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

ページ上部へ戻る