お勧めのアワビの値段
海女さんの横で飲んでいた中年男性が「刺身を食べて、それから撮るのが順番だろう」と助け船を出してくれた。客にならなければカメラを向けるな、ということか。
海女さんの前に置かれたたらいをのぞくと、一転して長老は愛想がよくなった。このあたりの変わり身は、韓国でひんぱんに目にすることである。状況が変わると人間の愛想はこんなにも変わるんだ、ということを韓国人はよく見せてくれる。
「やっぱり、ここに来ればアワビを食べなきゃ。これなんか、今そこで採ってきたばかりのものだよ」
長老はさかんに大型のアワビを勧めてきた。今度の言葉はよく聞き取れる。相手から色好い返事を引き出そうと必死の長老は、まるで公営放送局のアナウンサーのように言語明瞭となった。
大きな声では言えないが、私は気も弱いし、疑い深い。まず、「今そこで採ってきた最高のもの」というのが怪しい。そんな新鮮な上物は真っ先に西帰浦の高級店に持ち込むのではないか。滝を見に来た観光客にパッと出すだろうか。そう思うと、どうしても相手の言葉を額面通り受け取れない。
一応、お勧めのアワビの値段を聞いてみた。5万ウォン(約5千円)だそうだ。予想をはるかに超えていた。
上目遣いに長老の顔を見た。笑っている。目以外は……。
どうする? 買うか、買わないか。
何よりも、買わなかったときの、長老の再度の豹変ぶりが怖かった。
耳元には、滝の水しぶきの音がたえず聞こえてくる。それが、いかにも催促の声のように聞こえてきた。(ページ3に続く)