過去との決別
韓国は、仮面の文化が発達した国である。
地方をまわると、あちこちで多彩な仮面の展示を見ることができる。そうした仮面の数々は本来、宗教や芸術の機能を備えているのだが、舞いや劇で仮面をかぶると、その本人と異なる人格が付与されるとされる。
そこに、人間の深奥な世界を窺い知るのである。
3月24日にソウルで行なわれた『テバク』制作発表会でのチャン・グンソクを見ていて、彼は韓国らしい仮面をかぶって出てきたのではないかという錯覚にとらわれた。主観的すぎるかもしれないが、彼は別の人格を備えているかのようにも思えた。
もちろん、見る側が従来の感覚の延長戦上でチャン・グンソクの出番を想像していたのは確かだ。しかし、制作発表会での彼は、笑みを見せず、抑揚をおさえた低音で静かに語り、大勢の報道陣に囲まれていてもサービス精神を出さなかった。
それでいて、発せられた言葉は過去との決別を示すものだった。
チャン・グンソクは言った。
「ディテールやシナリオが目の前に浮かびました。目を閉じてジッとしているときも、もし自分がテギルならどんな表情をするのか、そんな好奇心が生まれました。この作品をのがしたくない、ぜひやってみたいと考えました」
このように『テバク』に出演する気持ちを明確に述べたあと、チャン・グンソクはきっぱりと言い切った。
「『美男(イケメン)』のようなものを追求する俳優にかぎっていたのではないか、という疑念がいつもありました。(数え)30歳になります。今までのものを捨てて、(『テバク』が)新しいものを身につけられる作品になるのではないか、と思います」
衝撃的である。過去の成功をすべて忘れて、また一からやり直すというのだ。そこまで変身しなければならない理由が、彼のどこにあったのだろうか。(ページ2に続く)