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新兵訓練

韓流スターはどんな新兵訓練を受けるのか(3)

第3回/最後の関門「行軍」重装備で歩き続ける訓練新兵訓練の5週目に行なわれるのが行軍だ。たとえば、20キログラムのザックを背負って20~30キロメートルを早足で歩くのである。通常の歩行よりも速い時速4・5キロで歩かなければならない。戦時中に...
新兵訓練

韓流スターはどんな新兵訓練を受けるのか(2)

第2回/戦闘技能の訓練重要訓練が次々に続く入隊してから2週目になると、軍人としての心構えや行動する目的を学ぶ精神教育を受ける。さらに、敬礼や制式(立ち方や行進の仕方など)の立ち居振る舞いを徹底的に仕込まれる。同時に、軍隊式の体操を習ったり、...
新兵訓練

韓流スターはどんな新兵訓練を受けるのか(1)

第1回/4日間の準備段階基本の新兵訓練は5週間新兵訓練はどのように行なわれているのか。具体的にいうと、現役兵として入隊したときの新兵訓練は5週間にわたって行なわれる。ただし、社会服務要員や義務警察の場合、新兵訓練は4週間になる。まず、5週間...
韓国のビックリ

日本と違う韓国のビックリ(4)

第4回「韓国のバスには驚かされる」格安な韓国のバス運賃日本でも韓国でも、地方を旅するときは鉄道よりもバスに乗ることが多い。都市部と比べて鉄道が少ないから、バスの出番が多くなるのも当然か。日本で地方のバスに乗ったときは、ごく平穏だ。本数こそ少...
韓国のビックリ

日本と違う韓国のビックリ(3)

第3回「死罪の方法もこんなに違う」賜薬とは何か江戸時代、士農工商の最上位にいた武士が死罪を命じられたとき、名誉ある死に方は切腹だった。腹を切り刻むわけなので、とてもむごいことなのだが、それが武士にとっては誇りを保てる死に方だった。一方の朝鮮...
イ・ジュンギ

『歩歩驚心:麗』で見られる「未知なるイ・ジュンギ」

ファンが誇りを持てる俳優イ・ジュンギというと、撮影時にファンの方々が熱心に差し入れをすることで有名だ。『夜を歩く士(ソンビ)』の撮影のときも、その慣例はしっかり守られた。イ・ジュンギも心から感謝している。「おかげ様でスタッフの方々もお腹いっ...
韓国のビックリ

日本と違う韓国のビックリ(2)

第2回「食べ残す韓国、残さない日本」少し残すにはワケがある済州島(チェジュド)出身の母に言われたことがある。「韓国の家庭に食事を招待されたら、ご飯を少し残さなければ駄目だよ。全部食べると、この人はもっと食べたいんだと思われて、またご飯を盛ら...
韓国のビックリ

日本と違う韓国のビックリ(1)

第1回「韓国には老舗がほとんどない」韓国から親しい友人が来たので、浅草を案内したことがある。彼は大変な博学で、私もいろいろと彼の意見を参考にさせてもらっていた。その彼が浅草を歩いていて、「韓国では考えられない」と首をかしげた。何かというと、...
イ・ジュンギ

イ・ジュンギ 「美しすぎる男」の成長の軌跡

数々の試練が彼をより大きくした2001年に雑誌モデルとして芸能界に入ったイ・ジュンギ。同年にはMBC『会いたくて』で、俳優としても活動を開始した。イ・ジュンギの出世作といえば、何といっても2005年に公開された映画『王の男』である。1230...
兵役の一般知識

ぜひ知っておきたい「兵役の基本知識」

兵役の仕組み1(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});◆韓国の兵役法では「30歳を超えて兵役の延期はできない」と規定されている。ということは、兵役を延期できるのはぎりぎり30歳まで...
スター物語

キム・スヒョン トップ俳優を目指した日々(2)

偉大な背中を見続けたキム・スヒョン『ドリームハイ』が終わった後も、ペ・ヨンジュンとキム・スヒョンの師弟としての交流が続く。2人は一緒にお茶や食事を楽しみ、公的行事には同じ乗用車で参加している。また、キム・スヒョンを大事に思っているペ・ヨンジ...
スター物語

キム・スヒョン トップ俳優を目指した日々(1)

内気な少年を変えた演劇の魅力テレビやファンミーティングで見せるキム・スヒョンの笑顔からは、純朴さと人懐っこさを感じる。明るい表情が魅力の彼だが、幼い頃は内向的で人見知りが強かった。そんな彼が俳優を志したのは、高校生になってからだった。成績も...
対談

対談「アジアの中の日本と韓国」(小原宏延⑤)

第5回/韓流ブームは日本に何を残したか小原「韓流という文化ウェーブは、すごく大きな時代を日本で刻みましたね。ただし、韓流はもう終わったとか下降したとか、そう言われてきました。最初の『冬のソナタ』に一番象徴されますが、あの盛り上がりが圧倒的過...
対談

対談「アジアの中の日本と韓国」(小原宏延④)

第4回/朝鮮王朝と儒教康「1392年に高麗王朝が滅んで朝鮮王朝ができたときに、仏教寺院が力を持ち過ぎて政治に介入して国が傾いたという歴史があったので、朝鮮王朝は国の教えを仏教から儒教に転換しました。まあ、儒教は宗教というより一種の生活規範で...
対談

対談「アジアの中の日本と韓国」(小原宏延③)

第3回/仏教国としての日本と韓国康「アジアの中での日韓という話に移りましょう。アジアも広いですからね」小原「ヨーロッパよりも広いです」康「ただ、アジアは中国の文明がとても大きくて、それが周辺国にどんどん広がっていきました。たとえば、東だった...
対談

対談「アジアの中の日本と韓国」(小原宏延②)

第2回/沙也可の里を訪ねて康「一番印象深かったのは、沙也可(1592年の朝鮮出兵のときに豊臣軍の武将でありながら朝鮮王朝側に味方した人物)の里でした。大邱(テグ)市からタクシーで30分くらいのところにありました」小原「静かな里で、ポプラの木...
対談

対談「アジアの中の日本と韓国」(小原宏延①)

第1回/釜山の賑やかな通り今回の対談相手は、編集ライターの小原宏延(おばら ひろのぶ)さんです。康「初めて2人で一緒に韓国に行ったのは、1999年11月ですね」小原「出発したのは11月9日。釜山(プサン)までビートル号で行きました」康「普通...
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