康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人12」

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第12回/若光(前編)

666年のことである。朝鮮半島の高句麗(コグリョ)から外交使節が来日して、日本の朝廷に依頼書を差し出した。彼らは、何のために日本に来たのか。救援の軍勢を送ってほしいと頼みに来たのである。

若光が上陸した神奈川県・大磯の海岸

若光が上陸した神奈川県・大磯の海岸

高句麗の滅亡

7世紀の朝鮮半島。長く三国(新羅〔シルラ〕、百済〔ペクチェ〕、高句麗)が覇権を争っていたが、新羅は中国大陸の唐と連合して、660年に百済を滅ぼした。

矛先は次に高句麗に向けられ、新羅と唐は高句麗を挟み打ちにしようとしていた。

危機を感じた高句麗は、かねてより交流がある日本に援軍を依頼にきた。

しかし、朝廷は応じなかった。




それも仕方がないことである。

日本の水軍が、663年に白村江(はくそんこう)の戦いで新羅・唐の連合軍に大敗していたからだ。

高句麗を助けるどころか、新羅・唐の連合軍が日本に攻めて来るのではないかとビクビクしていたのだ。高句麗の外交使節につれない返事をしたのも無理はなかった。

結局、新羅・唐の連合軍によって高句麗は668年に滅ぼされた。たとえ日本が援軍を送ったとしても結果は同じだっただろう。形勢を逆転することはできなかったはずだ。(ページ2に続く)

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