『不滅の恋人』に登場するイ・フィは、実在の安平大君(アンピョンデグン)がモデルになっている。安平大君は、朝鮮王朝最高の名君と評価される4代王・世宗(セジョン)の三男として1418年に生まれた。この1418年というのは、まさに世宗が即位した年であった。
兄弟愛よりも競争心
世宗の長男は、5代王の文宗(ムンジョン)だ。
そして、二男が首陽大君(スヤンデグン)であり、1歳下の弟が安平大君だった。
世宗は文宗を王位継承者として重んじたが、同じように首陽大君と安平大君にも期待をかけた。それは、文宗をしっかり補佐してほしいという気持ちからだった。
世宗は、首陽大君と安平大君の二人に重要な仕事をまかせた。天文観測やお経の翻訳、世宗の陵の場所を決めることなど、国家の重要事業を二人が一緒に管理するようにしたのであった。
世宗の晩年には、王命を伝えることも二人がやっていた。王家の中でも重要な位置にいる大君(正室が産んだ王の息子)たちの一人に一方的に権力が偏ると、後に王権の脅威になると考えた配慮だった。
長く一緒に政治に参加していた二人だったが、兄弟愛よりも競争心が強かった。
武人的な資質を持っていた首陽大君に対して、安平大君は詩、書、画に長けた芸術家だった。
安平大君の書は、中国までその名がとどろき、彼の書がほしいと願う人が多いほどであった。それだけに、安平大君の自負心も兄である首陽大君に負けなかった。
二人の大君の力が大きくなるにつれて、彼らのまわりには人が集まり始め、彼らがライバル的な関係になると、王宮では首陽大君派と安平大君派ができて、対立するようになっていった。
1450年に文宗は世宗の王位を継いだが、わずか2年で亡くなった。
文宗の長男であった端宗(タンジョン)が6代王となった。
しかし、まだ11歳だったので、後見人が必要だった。その筆頭が重臣の金宗瑞(キム・ジョンソ)である。
金宗瑞を含む大臣たちは、王位に野心を燃やす首陽大君を牽制するために安平大君を頼った。なにしろ、巨大な力を持っている首陽大君の存在は脅威であり、対抗できる存在は安平大君しかいなかった。
大臣たちに支えられて安平大君は兄の首陽大君を越えるほどの勢いを得た。このように宮廷の力が安平大君に集まっていたものの、それでも首陽大君は虎視眈々と王位強奪の機会をうかがった。
首陽大君側は安平大君が金宗瑞の側近を通じて北方の武器を密かに都へ運んでいるという噂を流した。
果たして、これは事実だろうか。
もしも安平大君が反逆を企んでいて、金宗瑞ら大臣たちがそれに同調していたとしたら、ことは簡単だったはずだ。
すでに権力を掌握している彼らだけに、首陽大君を含む反対勢力を除去するのも難しいことではなかったのだ。
つまり、首陽大君側はあらぬ噂を広めようとしただけだった。
安平大君と金宗瑞は迂闊(うかつ)だった。
「首陽大君が父である世宗の意思にそむいて甥の端宗から王位を奪うわけがない」
そう考えてしまった。
しかし、現実は違った。
首陽大君は1453年にクーデターを起こして、金宗瑞と同調する大臣たちを徹底的に排除した。
その上で、安平大君を反逆の首謀者に仕立てあげた。
結局、安平大君は流罪にされた。
最終的には死罪となり、若くして世を去った。
さぞかし無念であったことだろう。
「もっと安平大君が生きていれば……」
歴史を変えることはできないが、そう思ってしまう。