朝鮮王朝重大発言集1「粛宗が仁顕王后を廃妃にした」

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

朝鮮王朝19代王の粛宗(スクチョン)の側室だった張禧嬪(チャン・ヒビン)は1688年に王子を産んだ。粛宗にとって待望の嫡男だった。その翌年、粛宗は高官たちを前に驚愕するようなことを言いだした。

妬みが強すぎると王妃を非難

驚愕するようなこととは、粛宗が正室の仁顕(イニョン)王后を廃妃にしようとしたのだ。1689年4月21日、粛宗はこう語っている。
「世も末になればなるほど人々の心もすさんでくるものだが、なぜ余がこのような状況を甘んじて受けなければならないのか。何よりも、中宮(チュングン/王妃のこと)は妬みが強すぎるのだ。禧嬪が最初に淑媛(スグォン/側室の品階の1つ)になったときから中宮の妬みがひどくなって、余は閉口するばかりだった」
「中宮は余にこう言ったのだ。『夢の中で先王(18代王・顕宗〔ヒョンジョン〕)と先后(明聖〔ミョンソン〕王后)に会ったのですが、お二人は私にこうおっしゃいました……内殿(ネジョン/王妃のこと)と貴人(キイン)/張禧嬪とは別の側室)は福と子供に恵まれるでしょう。




けれど、淑媛(張禧嬪のこと)は子供がいないだけでなく、福もないのです。それだけではなく、長く宮中にとどまっていれば、良からぬ人々と結託して国にわざわいをもたらすでしょう』と」
(ページ2に続く)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(19代王・粛宗編)

わがまま放題の粛宗(スクチョン)/朝鮮王朝人物実録5

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(仁顕王后編)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(張禧嬪編)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(淑嬪・崔氏編)

張禧嬪(チャン・ヒビン)はワガママ粛宗(スクチョン)の犠牲者の1人!

ページ:

1

2

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

連載記事「日韓の二千年の歴史」

日本と朝鮮半島の間には長い交流の歴史があります。古代から現代までの二千年の間、果たしてどんな出来事があったのでしょうか。日本各地に残る史跡を訪ねて両国の交流の歴史をたどる連載が「日韓の二千年の歴史」です。改めて過去を振り返ることで見えてくる現実もあります。そういう意味では、二千年の歴史は今の日韓関係を考えるうえでも重要な要素をたくさん持っています。ぜひ連載記事をお読みください。

ページ上部へ戻る