150年間に日韓の外交の節目で何が起こったか

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

順に、日韓外交の歴史をさかのぼってみよう。富国強兵に突き進んだ明治政府と鎖国を続けた朝鮮王朝の間で1876年2月26日に締結されたのが、日朝修好条規(江華条約)であった。

不平等な日朝修好条規

日朝修好条規の第1条には「朝鮮国は自主ノ邦ニシテ日本国と平等ノ権ヲ保有セリ」と規定されている。そこに「平等」という言葉が入っているが、実際にこの条約は「不平等」なものだった。
日本は朝鮮王朝が「自主」の国であると規定することにこだわった。中国大陸を支配する清が朝鮮王朝の宗主国でないことを明らかにして、日本がその後に朝鮮半島に出ていく余地を残したのだ。
条約そのものも決して対等ではなかった。武力にまさる日本が有利に交渉を進めた結果だった。
朝鮮王朝は釜山(プサン)など3港の開港、自由貿易、日本による治外法権などを呑まされた。
まさに日朝修好条規は、日本の朝鮮半島に対する干渉の足掛かりとなった。




以後、朝鮮王朝は衰退の一途をたどった。
その末に日本との間で1910年8月に結ばされたのが、「日韓併合ニ関スル条約」であった。
(ページ2に続く)

韓国はなぜ分断国家になったのか

韓国はなぜ日本の植民地になったのか(前編)

韓国は日本の植民地時代をどう生きたのか(前編)

日韓の二千年の歴史1/海を渡る人々

6月民主抗争!韓国を劇的に変えた1987年(前編)

日本の中年男性が旅先のソウルで実感したことは?

ページ:

1

2 3 4

関連記事

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

連載記事「日韓の二千年の歴史」

日本と朝鮮半島の間には長い交流の歴史があります。古代から現代までの二千年の間、果たしてどんな出来事があったのでしょうか。日本各地に残る史跡を訪ねて両国の交流の歴史をたどる連載が「日韓の二千年の歴史」です。改めて過去を振り返ることで見えてくる現実もあります。そういう意味では、二千年の歴史は今の日韓関係を考えるうえでも重要な要素をたくさん持っています。ぜひ連載記事をお読みください。

ページ上部へ戻る