弓の達人
蘇我氏の側についていた厩戸(うまやど)皇子は、後ろから戦況を見ていて思わずつぶやいた。
「この戦は負けるかもしれない。願をかけなければ……」
厩戸皇子は霊木と称される木を切って四天王の像を即興で造り、束髪の上に載せた。
「この戦、ぜひ私どもに勝たせてください。願いが叶いましたら、かならず寺塔を建てます」
一心に祈る厩戸皇子。その姿を見ていたら、蘇我馬子も、仏に祈らずにはいられなかった。
「我らをお守りください。勝たせてくださったら、寺塔を建てて三宝を広めます」
蘇我馬子は祈りを終えると、作戦の変更を同志に伝えた。
「守屋1人だけを徹底的に狙え」
その意をくんだ配下の者たちが、木にのぼって陣頭指揮を取っている物部守屋を執拗に狙った。
配下の1人が弓の達人だった。彼は、木々の間を狙って物部守屋に矢を命中させるという離れ業を演じた。
大将が死んで物部軍は総崩れになった。敗残兵は命ほしさに散り散りとなって逃げていった。
物部氏は滅び、蘇我氏の天下となった。
(次回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』。