朝鮮王朝には3人の「陰の女帝」がいた!

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賄賂が横行

続いて2人目。
21代王・英祖(ヨンジョ)の二番目の正室だった貞純(チョンスン)王后(1745~1805年)である。
彼女は、名君として名高い22代王・正祖(チョンジョ)を毒殺した可能性がある。
さらに、正祖の息子が23代王・純祖(スンジョ)として10歳で即位すると、王族の最長老として政治に関わり、正祖が進めた改革をつぶし、キリスト教徒を大弾圧して多くの信者を虐殺している。恐ろしい悪女である。




最後の3人目。
純祖の正室だった純元(スヌォン)王后(1789~1857年)である。
彼女は、自分の実家の一族で要職を独占し、極端な賄賂政治を続けた。これが、朝鮮王朝が衰退した元凶の1つになっている。
以上の3人が朝鮮王朝で悪名高い「陰の女帝」であった。
こうした「陰の女帝」が登場したときは、「身内で側近を固めて、外の声を聞かず、賄賂が横行する」という状況になった。
そこまで悪政を行ないながら、文定王后、貞純王后、純元王后の3人は、幸せを自覚しながら最期は安寧に息を引き取っている。
周囲が多大な被害をこうむったにもかかわらず……。
文=康 熙奉(カン ヒボン)

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