康熙奉(カン・ヒボン)が語る「仁祖(インジョ)の功罪」(前編)

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

16代王・仁祖(インジョ)は、王子としては綾陽君(ヌンヤングン)という名前でした。即位して亡くなった後に、「仁祖」という諡(おくりな)に追尊されたわけです。朝鮮王朝の27人いる国王の中で、諡に「祖」がついている人は、とても大きな実績があったと評価されているのですが……。

8WKTSFiRqT_5BYO1488266150_1488266178

尊称に見合う実績があったのか

果たして、仁祖の場合は「祖」という字が諡につけられるほど功績があったのでしょうか。
むしろ、失政続きで業績が悪い国王だったように感じます。




歴史的に見ると、国王の諡というのは在位時代の実績に応じた尊称になるのですが、仁祖の場合は、評価に見合っていないと疑問に感じます。
そもそも、仁祖は14代王・宣祖(ソンジョ)の孫です。
宣祖はとても子供が多くて、側室から多くの王子や王女をもうけています。(ページ2に続く)

康熙奉(カン・ヒボン)が語る「仁祖(インジョ)の功罪」(中編)

歴史解説!仁祖(インジョ)と貞明(チョンミョン)公主の確執
https://goo.gl/Imwzll

光海君(クァンヘグン)を追放した仁祖(インジョ)に大義名分はあるのか?
https://goo.gl/q7WhBu

貞明(チョンミョン)公主の生涯1!『華政』(ファジョン)の主人公

固定ページ:

1

2 3 4

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

ページ上部へ戻る