光海君(クァンヘグン)と臨海君(イメグン)!兄弟同士の骨肉の争い

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

韓国時代劇『華政(ファジョン)』の序盤では、光海君と臨海君の悲劇的な兄弟関係が描かれていた。2人はなぜ、骨肉の争いを起こさなければならなかったのか。

dsc_0170

長男としての面目

14代王・宣祖(ソンジョ)には当初、正室が産んだ子供がいなかったので、彼は側室が産んだ王子の中から後継ぎを選ばざるをえなかった。
長男は臨海君(1574年生まれ)で、二男が光海君(1575年生まれ)。




普通であれば、長男の臨海君が選ばれるのが当たり前なのだが、臨海君は人間的にその資格がないと判断され、二男の光海君が世子(セジャ/王の正式な後継者)に選ばれることになった。
そんな処遇に怒りをあらわにした臨海君。長男としての面目が立たなかった。(ページ2に続く)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(15代王・光海君編)

光海君(クァンヘグン)!再評価される暴君

「華政」に登場!流刑地で世を去った光海君(クァンヘグン)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(仁穆〔インモク〕王后編)

ページ:

1

2 3

関連記事

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

連載記事「日韓の二千年の歴史」

日本と朝鮮半島の間には長い交流の歴史があります。古代から現代までの二千年の間、果たしてどんな出来事があったのでしょうか。日本各地に残る史跡を訪ねて両国の交流の歴史をたどる連載が「日韓の二千年の歴史」です。改めて過去を振り返ることで見えてくる現実もあります。そういう意味では、二千年の歴史は今の日韓関係を考えるうえでも重要な要素をたくさん持っています。ぜひ連載記事をお読みください。

ページ上部へ戻る