アワビのお粥
その日は港近くの旅館に泊まった。
韓国の旅館は一般的に素泊まりなので、食事は外の食堂へ出かけることになる。港の周辺を散歩しながら、水槽の中の魚が最も活きがよく見える食堂に入った。50代の夫婦が切り盛りしている店で、特に奥さんがてきぱきと動いていた。
旅に出て一番多く会うのは、働いている人である。中でも、人がキビキビと働いている姿を見ていると気持ちがいい。
私はメニューをしばらく見たあとで、アワビのお粥を注文した。これは、韓国南部の海沿いや済州島(チェジュド)などに多い料理である。アワビの身と肝を煮込み、ゴマ油も入っている。こってりした料理だと思われがちだが、案外あっさりしていて味わい深い。特大の器に入ったアワビのお粥を食べて、私は韓国の南の島に来ていることをしみじみと実感した。
十分に満足して旅館に戻り、夜は部屋で静かに過ごした。窓を開けても聞こえてくるのは潮騒のみ。健全すぎて涙が出てくるほどだった。
<俺は、この島で暮らせるかな>
自問自答していて、ふと思い出したのがイソップ物語の「田舎のネズミ、都会のネズミ」という話だった。(ページ5に続く)