莞島の書店にて
店の奥で60代の女性が新聞を読んでいた。客は誰もいない。私は書棚を次々と見て回ったが、彼女は私になんの関心を示さず、熱心に新聞を読み続けていた。
それで済むなら、書店ほどありがたい商売はない。客は勝手に自分で本を選びだして買っていく。あるいは、冷やかしただけで風のように去っていく。その間に、店の人は新聞や本を読んでいればいい。
万引きを警戒しないで大丈夫?
かえってこちらが心配になるほどで、放っておかれると、何も買わないのが申し訳なく思えてきた。折よく、莞島を含む全羅(チョルラ)南道の地図があったので、それを女性のところに持参した。
彼女はちょうど、新聞の国際面を読んでいるところだった。眼鏡の奥の目は真剣そのもの。「国際書林」という店名を掲げているだけに、国際情勢に関心が深いのかもしれない。急にこの初老の女性に興味がわいてきて、代金を払いながら尋ねてみた。
「このあたりで美味しいものが食べられる食堂はありませんか」
反応がすこぶる早かった。彼女はすぐに私の目を見据え、「何が食べたいの」と聞いてきた。
「海が近いから、魚かな」
「魚にもいろいろあるから、もっとはっきり言って」
私の曖昧さと彼女の明確さが好対照だった。「もっとはっきり」と言われても、具体的に何も頭に浮かばず、私は相変わらず曖昧なままだった。(ページ4に続く)