韓流20周年特集/ペ・ヨンジュンは冬ソナをどう演じたのか1「冬ソナの直前」

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ペ・ヨンジュンはドラマ『ホテリアー』で洗練された演技を見せて、ゆるぎないトップ俳優であることを証明した。さすがにホッとしたことだろう。『ホテリアー』の放送が2001年6月に終わると、そのまま彼はロサンゼルスに飛び、有意義な夏休みを過ごした。

写真=Pan Entertainment




帰国後の進路は?

ロサンゼルスで英語の語学学校に通ったり、気ままに街をブラついてショッピングをしたり……。心からリラックスしている間に時間はどんどん過ぎ、彼が韓国に戻ってきたのは2001年10月3日だった。なんと3カ月あまりにわたる長期休暇になってしまったわけだ。
しかし、この時間は本当に貴重だった。
アメリカの自由な風に触れたことで、ペ・ヨンジュンの演技に対する姿勢も微妙に変わってきた。それは、「あるがままの自分」をもっと表現してもいいのではないか、ということだ。
そんな気持ちになったのも、アメリカで大いに刺激を受けたからだ。
韓国にいると、ペ・ヨンジュンは俳優として高い評価を得る一方で、どうしても窮屈な生活を余儀なくされる。しかし、アメリカでは周囲の視線を気にする必要がまったくなかった。




しかも、アメリカの多くの人は自由にふるまっていて、本当に楽しそうだった。
常に自分らしくあること。そのことをペ・ヨンジュンはアメリカでの生活で強く実感したのである。
その気持ちを抱えながら帰国したペ・ヨンジュンは、早い段階で次のステップを選択しなければならなかった。
彼が不在の間、映画やドラマの関係者から数多くの出演依頼が届いていた。その中で、ペ・ヨンジュンが最も関心を示したのがKBSとMBCからの提案だった。ただし、成均館(ソンギュングァン)大学に在学中だっただけに、学業に専念したいという気持ちが強かったのも事実で、ここからペ・ヨンジュンの葛藤が始まった。
そのあたりの事情を、2001年10月9日付けの「イルガン・スポーツ」は次のように報道している。
「トップスターのペ・ヨンジュンが分かれ道に立った。それも、3つの行き先について葛藤しているのだ。まずは、学業に専念すべきなのか、あるいは、俳優活動を再開すべきなのか。しかも、俳優活動をするなら、KBSとMBCのどちらかを選ばなければならない。苦悩は深いと言える」




「1998年に成均館大学の映像学科に合格が決まってから、しばらく俳優活動を中断して学業に全力を尽くしたペ・ヨンジュンだけに、授業に出席することも俳優活動に劣らないほど重要なことなのだ。けれど、放送・映画界から注がれる愛情も非常に大きいので、簡単に心を決めることができない」
「もし次回作を決めようとしても、苦悩はまだ続く。KBSドラマの『愛の挨拶』で彼をスターダムに押し上げたユン・ソクホ監督が、来年初めに予定しているミニシリーズでペ・ヨンジュンと一緒に仕事をすることを望んでいるのだ。また、MBCのキム・サヒョンPDも、同じ時期に放送されるミニシリーズでペ・ヨンジュンが主演することを願っている。恩人とも呼べるユン・ソクホ監督と、義理があるMBCとの間で、葛藤せざるをえない状況なのである」
様々な記事がスポーツ新聞を賑わせている中で、ペ・ヨンジュンはまず学業より俳優活動を優先させることを決断した。それは、アメリカで得た俳優としての感性をぜひ実際の撮影現場で試してみたかったからだ。「オール優」を獲得するほどペ・ヨンジュンは学業に熱心に取り組んできたのだが、しばらく休学することにした。
(次回に続く)

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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