英祖と思悼世子の悲しい物語/第4回「悲劇」

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世子を廃された荘献は、ただ許しを請うばかりで一向に自決しようとはしなかったため、英祖は配下の者に米びつを持ってこさせた。その中に荘献を閉じこめて、「絶対に米びつのフタを開けてはならない」と言った。




米びつで餓死した荘献

荘献は、水も食べ物も与えられないまま米びつの中で過ごした。再び米びつのフタが開かれたのは8日目のことで、荘献は中で餓死していた。世子だった者としてはあまりにもむごい死に方である。
息子の死を知った英祖は、このときになって自分の過ちに気付きとても後悔した。そして、荘献に思悼世子(サドセジャ)という諡(おくりな/死後に贈る尊称)を与えた。この思悼世子には「世子の死を悼(いた)む」という意味がある。こんな立派な諡を贈られた思悼世子だが、あまりにもむごい死に方をしたので、悲劇の王子として名を残している。
思悼世子を死に追いやった老論派が次に狙いを定めたのは、世孫(セソン)に選ばれていた思悼世子の息子の祘(サン)だった。「世孫は自分たちを怨んでいるに違いない。王に就けば復讐される」と思っていた老論派は、何としてでも祘が即位することを阻止しなければならなかった。




老論派は、刺客を送ったりして何度も祘の命を狙った。自分の身の危険を感じた祘は常に警戒を怠らず、何か起きたときにすぐに逃げ出せるように服を着たまま寝ていた。
10代という若さで極限まで神経を張り詰めなければならなかった祘にとって、辛い境遇だったのは間違いないが、自分が置かれている立場を考えれば仕方がないことだった。
1775年11月20日、英祖はある重大な発表をするために重臣たちを集めていた。このとき81歳だった英祖は、身心ともに限界だったため、祘に代理で政治をさせるという意志を明確にした。それに対して、左議政(副総理)だった洪麟漢(ホン・イナン)が世孫は王の後継者に相応しくないというような発言をした。
当時の朝鮮王朝には、「王が亡くなったときに代理で政治をしていた世子や世孫が即位する」という規定があった。そうなってしまえば、老論派が祘の即位を防ぐことは不可能だった。
その一方で、世孫が代理で政治を行なっていない場合は、王の後継者になれる立場であっても年長者の王妃によって世孫が廃される可能性があった。




英祖は、反対の意見を重く受け止めると、しばらく考慮の時間を設けたうえで、世孫と重臣たちに「余のすべてのこと世孫に伝えたい」と述べた。そう言って、彼は祘に代理で政治をさせることを決めたが、重臣たちはそれに反対した。
激怒した英祖は、「みんな出て行け」と怒鳴った。
しばらくして落ち着きを取り戻した英祖だが、あまりにも重臣たちが王命に従わないため、「これから王命を書面化する。誰も立ち去らないでくれ」と感情を高ぶらせて言った。彼は、王命の出納を管理する重職の李命彬(イ・ミョンビン)を呼んで作業を始めさせたが、洪麟漢は命がけで防ごうとした。洪麟漢にとって祘が王になってしまえば、官職を奪われたあげく、処刑されるのが明らかだったからだ。
英祖は、李命彬が文章に記した王命を読むように言った。しかし、政権内部でも強い力を持っていた洪麟漢がそれをさせなかった。一方の祘には、わずかな家臣がいるだけで王宮での立場は弱かったので、洪麟漢を批判することはできなかった。
祘は自分が王になれるかどうかの瀬戸際で、「私は代理で政治を行なうことに関しては辞退しますが、王命が文書になっていればそれに対して上奏できるので、文書は作らせてください」と言った。




しかし、洪麟漢は何も答えずに文書の作成を妨害し続けた。その様子を見た英祖は、重臣たちを見渡して、祘に巡監軍(スムガングン/王を守る軍隊)を付けることを宣言した。衝撃を受けた重臣たちはこぞって反対するが、英祖が「反対する者は拘束する」という脅しをかけたことで、重臣たちは一変して保身に走った。
こうして、祘が代理で政治を行なうことが正式に決まった。英祖は、祘が王位に就く道を自らの執念で切り開いたうえで、1776年3月5日に82歳で世を去った。本当に堂々としていて名君と評される人生だった。だが、思悼世子を餓死させたことは最大の過ちであった。英祖はそのことを死ぬまで後悔したことだろう。

文=康 大地(コウ ダイチ)

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