最初の船は9時50分に出航した。私は、デッキの一番後ろに立ちながら、小さくなっていく青山島をずっと見ていた。その名のとおり、青い山が美しい景観を作っている島である。「田舎のネズミ」だったら、一生離れたくないと思うだろう。しかし、いつまでその美しさを守っていられるのか。
船の隠れた主
船の中に置かれてあった地元の新聞によると、韓国の文化観光省が推進する「行ってみたい島」キャンペーンに青山島が選ばれ、今後は観光施設の整備を中心に174億ウォン(約17億円)がこの島に投入されるという。これほどの大金が注がれれば、港、道路、宿泊施設は大幅に改善されるはずだ。
そうなると、ジェファンさんの仕事は忙しくなるし、チニョンさんのタバンも今より客は増えるだろう。けれど、島の人たちに感じた、ほのぼのとした素朴さは薄れていくかもしれない。行きずりの旅人にすぎない私がとやかく言う問題ではないけれど……。
青山島がまったく見えなくなってから、例の食堂をのぞいてみると、期待通りにラーメン作りの名人がいた。まさに、この船の隠れた主という貫禄だった。
霧の中に忽然と消えてから、一体どこで何をしていたのか……なんて、想像をめぐらせても意味がない。おそらく、自宅でのんびり休んでいたはず。そこで英気を養って、今は食堂の中で忙しく立ち働いている。客がひっきりなしに出入りしているから、莞島(ワンド)に着くまで休まる暇がないだろう。
私は大部屋に入って寝転がったが、船内はそれほど混み合っていなかった。始発が欠航になったのでもっと乗客が多いと予測したのだが、よくよく考えてみれば、この日は日曜日で通学の高校生たちもいなかった。それに、霧の状態を見て外出を早めにあきらめた島民も多かったかもしれない。
ちなみに、このフェリーの料金は一般客で6250ウォンだが、青山島の住人は3500ウォン。生活の足なので大幅に割引をしているのである。
チニョンさんも、この割引を利用してせっせと莞島の銭湯に通っていることだろう。今の時代、それはとても贅沢なことに違いない。なんでも簡単に実現してしまうことは、結局はありがたみがないのである。
(終わり)
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
康熙奉の「韓国のそこに行きたい紀行」青山島2/ドラマ『海神』の舞台
康熙奉の「韓国のそこに行きたい紀行」青山島18/地方での喫茶店運営