42人の王妃の中で一番の悪女だった2人とは誰か(歴史編)

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

朝鮮王朝では権力を握った側にも悪女がいたが、特に腐敗政治の元凶になったのが2人の王妃だった。この2人は、未成年の王の代理として政治を仕切ることができたので、本当にやりたい放題で政治を乱した。




毒殺説の首謀者

最初に取り上げるのが貞純(チョンスン)王后だ。
21代王・英祖(ヨンジョ)の二番目の正妻だったが、彼女は英祖より年齢が51歳も年下だった。
なにしろ、英祖の息子であった思悼(サド)世子が10歳上なのである。ところが、相性が悪かったこともあり、思悼世子の失脚をはかって陰で動いた。
結局、思悼世子は米びつの中で餓死した。
貞純王后は、22代王・正祖(チョンジョ)の時代になって辛うじて罪をのがれたが、1800年に正祖が亡くなったときは毒殺説の首謀者と見なされた。
正祖の後を10歳の純祖(スンジョ)が継ぐと、貞純王后は未成年の王の後見人となり、キリスト教徒の大虐殺事件を引き起こしている。
その理由は、政敵にキリスト教徒が多かった、ということだった。その悪政のせいで、多くの人が命を奪われた。




一方、文定(ムンジョン)王后の場合も本当に巨悪だ。
彼女は11代王・中宗(チュンジョン)の三番目の正妻である。
(ページ2に続く)

トンイの本当の「裏の顔」を暴いてみると?

張禧嬪(チャン・ヒビン)の最期!『トンイ』と史実はこんなに違う

トンイ(淑嬪・崔氏〔スクピン・チェシ〕)の裏に黒幕がいた/朝鮮王朝秘話3

張禧嬪(チャン・ヒビン)を自害させたトンイの告発/朝鮮王朝秘話4

張禧嬪(チャン・ヒビン)はなぜ王妃になれたのか/朝鮮王朝秘話1

文定王后(ムンジョンワンフ)とはどんな悪女だったのか

ページ:

1

2

関連記事

  1. 張禧嬪(チャン・ヒビン)の人生は何だったのか

  2. チョン・イルが『ヘチ』で扮した英祖(ヨンジョ)の苦悩とは?

  3. 英祖と思悼世子の悲しい物語/第4回「悲劇」

  4. 朝鮮王朝の国王の中で一番長生きしたのは誰?

  5. 悲劇の五大世子!

  6. 安平大君(アンピョンデグン)はどういう人物だったのか

  7. 史実の『トンイ毒殺未遂事件』はどのように起こったのか

  8. 歴史人物大全1/これが「悲劇の五大王妃」!

  9. 朝鮮王朝で一番ひどい極悪ファミリーとは?(歴史人物編)

PAGE TOP