中宗(チュンジョン)は結局は「代理の王」だったのか

このエントリーをはてなブックマークに追加

走肖為王の意味は?

以後も趙光祖が7回に渡って嘆願してきたが、中宗は首を縦に振らなかった。
落胆した趙光祖は、若い支援者と共に辞職した。
中宗は直々に復職を求めたのだが、趙光祖も頑固だった。
その過程で、結果的に中宗はクーデターの多くの功労者たちの武勲を剥奪したのだが、あまりにも強引な趙光祖に少しずつ不信感をもつようになった。
とはいえ、趙光祖ほど有能な人物がいないことも確かであり、中宗は彼を強く拒むこともできなかった。
しかし、王の心が趙光祖から離れたことを確認した勲旧派たちは、「今までの怨みを晴らしてやる」といきりたった。




そんなとき、朝鮮半島を大きな地震が襲った。
人々の不安が増大した。こうした社会の混乱を好機ととらえる勢力があった。
趙光祖に反旗をひるがえした人たちは、どさくさにまぎれて王宮の中の葉っぱに蜂蜜で「走肖為王」という漢字を書いた。
これは、虫が蜂蜜の部分だけを食べて文字が自然に浮かびあがったように見せる細工でもあった。
なお、「走肖」とは「趙」のことで、「趙光祖が王になる」という意味だった。
(ページ3に続く)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(11代王・中宗編)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(15代王・光海君編)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(16代王・仁祖編)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(21代王・英祖編)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(10代王・燕山君編)

固定ページ:
1

2

3

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

ページ上部へ戻る