朝鮮王朝には3人の「陰の女帝」がいた!

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朝鮮王朝時代は儒教思想の影響で女性の立場が男性より下位に置かれたのだが、政治の中枢を見ると、国王以上に権力を持った「陰の女帝」が3人いた。果たして、それは誰なのか。

王宮の交泰殿(キョテジョン)は王妃たちが住む建物だった




身内で役職を独占

朝鮮王朝には27人の国王がいたが、未成年の国王が即位した場合には、成人するまで王族の最長老女性が代理で政治を行なった。こうした「陰の女帝」が登場すると、側近政治が跋扈(ばっこ)して国は大いに乱れた。
特に、「陰の女帝」として悪名高いのは?
まずは1人目。
11代王・中宗(チュンジョン)の三番目の正室だった文定(ムンジョン)王后(1501~1565年)である。
彼女は中宗の二番目の正室が産んだ王子(12代王・仁宗〔インジョン〕)を毒殺した疑いがきわめて高い。
自分が産んだ息子を王位に就かせるためである。




文定王后が産んだ王子は13代王・明宗(ミョンジョン)として即位したが、未成年だったので文定王后が代理で政治を仕切った。
彼女は身内で役職を独占し、干ばつで餓死者が続出しても知らん顔をして利権政治に明け暮れた。
(ページ2に続く)

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