李秀賢(イ・スヒョン)さんが見ていた青い空

このエントリーをはてなブックマークに追加

絶対に後悔したくない

私はその遺影に釘付けになった。彼自身の生き方が、瞬間的な一枚の写真に凝縮されていた。
「一体、どんな青年だったんだろう」
そう思っていたら、出版社から李秀賢さんの本を出したいという要請があった。私は韓国に行き、彼の母校を訪ね、両親や友人に会い、彼の育ってきた日々を振り返った。
李秀賢さんは1999年に自分のホームページで自己紹介をしている。




「趣味はマウンテンバイク、ギター、スキンダイビング、水泳、バスケットボール、テニスです。あと好きなのは、酒を飲むことや、運動して汗を流すこと、コンピュータ、何でも整理することなどです。僕の宝物は家族、恋人、友人、ギブソンのギター、ノートパソコンです。僕の別名はタフガイ。将来の夢は大統領になることでしたけど、最近はちょっと……」
「それより、最高の人生を楽しみながら生きていきたいですね。この『楽しく』というのは、いつも遊んでいたいという意味ではなく、仕事にしても勉強にしてもできるだけ自分がやりたいようにやるということ……いつか振り返ったときに、絶対に後悔したくないということなんです」
「生きていれば駄目なときもありますけど、そんなことで後ろに退きたくははないですからね。苦労や逆境も人生の一部分だし、いつでも受けて立つ準備ができていますし、突き進む勇気もあります」(ページ3に続く)

韓国はなぜ分断国家になったのか

朝鮮通信使(世界記憶遺産)の歴史〔1〕

〔総集編〕韓国はなぜ日本の植民地になったのか

韓国は日本の植民地時代をどう生きたのか(前編)

ページ:
1

2

3 4

関連記事

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

連載記事「日韓の二千年の歴史」

日本と朝鮮半島の間には長い交流の歴史があります。古代から現代までの二千年の間、果たしてどんな出来事があったのでしょうか。日本各地に残る史跡を訪ねて両国の交流の歴史をたどる連載が「日韓の二千年の歴史」です。改めて過去を振り返ることで見えてくる現実もあります。そういう意味では、二千年の歴史は今の日韓関係を考えるうえでも重要な要素をたくさん持っています。ぜひ連載記事をお読みください。

ページ上部へ戻る