英祖(ヨンジョ)の人生がよくわかるエピソード集!

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

朝鮮王朝の21代王の英祖(ヨンジョ)は、1694年に生まれた。父は19代王の粛宗(スクチョン)、母は側室の淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏だ(ドラマ「トンイ」の主人公)。異母兄は、粛宗と張禧嬪(チャン・ヒビン)の間に生まれた6歳上の景宗(キョンジョン)だった。

兄を毒殺した首謀者?

◆1704年、英祖は10歳のときに結婚した。
妻は後の貞聖(チョンソン)王后である。
◆1718年、英祖の母の淑嬪・崔氏が世を去った。続いて、1720年に父の粛宗が亡くなった。
父に代わって、異母兄の景宗(キョンジョン)が20代王として即位した。
◆1719年、英祖の側室が長男の孝章(ヒョジャン)を産んだ。しかし、1728年に9歳で病死した。




◆1724年、景宗が在位わずか4年2カ月で亡くなった。彼には子供がいなかったので、英祖が21代王として即位した。30歳だった。
彼は各派閥から公平に人材を登用する政治を進めた。これは蕩平策(タンピョンチェク)と呼ばれ、英祖の治世を代表する政策の一つになった。
◆英祖を悩ませたのが、「景宗毒殺の首謀者」という噂だった。実は、景宗の具合が悪くなったとき、侍医が「食べ合わせが悪いので差し上げてはいけません」と制止するのも聞かず、英祖は景宗にケジャン(蟹を醤油漬けにした料理)と柿を食べさせた。
さらに、侍医が「いけません」と言ったのに英祖は景宗に人参の煎じ薬を処方した。その後に景宗は息を引き取った。英祖は、疑われても仕方がないような状況を自らつくってしまったのだ。
彼はなぜ、侍医の制止を振り切って逆効果を生んだ処方をしたのか。
その真相は謎に包まれている。(ページ2に続く)

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(21代王・英祖編)

康熙奉の朝鮮王朝秘話!英祖と思悼世子の確執1

「張禧嬪(チャン・ヒビン)よりトンイが悪女!」と言える3つの根拠

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(貞純王后編)

ページ:

1

2 3

関連記事

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左上にカラーで色分けされた各ジャンルがありますので、それぞれにクリックをして目的のジャンルにアクセスしてください。
[各ジャンルの紹介]

●兵役

・BIGBANGの兵役
・東方神起の兵役
・イ・ミンホの兵役
・2PMテギョンの兵役
・スター兵役情報
・社会服務要員
・義務警察
・兵役の一般知識

●雲が描いた月明り

●平昌五輪
●韓流スター
・東方神起
・防弾少年団
・スタートピックス
・スター物語
●ドラマ情報
・ドラマトピックス
・話題作
・「テバク」
・朋道佳のイチオシ
●おもしろ人物列伝
●歴史物語
・光海君/仁祖
・貞明公主
・時代劇の登場人物
・日韓/韓国の歴史
●韓流ライフ
・コラム
・やさしく覚えるハングル
・ヒボン式ハングル
・韓国のビックリ
・韓国情報
・韓国料理
・韓国紀行
・日本のコリアを行く
・対談
●ロコレ?/編集部
・ロコレとは?
・編集部案内

ページ上部へ戻る