明治維新150年!当時の日韓関係は?

このエントリーをはてなブックマークに追加

日本の情勢に疎かった朝鮮王朝

明治政府は版籍奉還、廃藩置県、徴兵令公布を次々に断行。征韓論は1873年10月に閣議で認められずに西郷隆盛が下野したが、征韓論そのものが否定されたわけではなかった。
西郷隆盛の下野はあくまでも政権内の権力闘争の結果だった。




むしろ、権力闘争に勝利した大久保利通や木戸孝允の意向は、時期を見据えたうえでの征韓に傾いていく。
その頃、朝鮮王朝は明治政府の動向に疎かった。これが後に日本の干渉を受ける結果に結びついた。
日本にとって明治維新は富国強兵の転換点になったが、海を隔てた朝鮮半島では弱肉強食の渦に巻き込まれる端緒となった。
以後、朝鮮王朝は衰退の一途をたどり、1910年の日韓併合によって滅んだ。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

韓国はなぜ日本の植民地になったのか(前編)

韓国は日本の植民地時代をどう生きたのか(前編)

世界遺産となった朝鮮通信使とは何か

日韓政治問題に翻弄されない「頼もしき韓流」

ページ:
1 2

3

関連記事

  1. 韓国はなぜ日本の植民地になったのか(2020年版)

  2. 儒教は歴史的に日韓でどう浸透したのか

  3. 植民地時代の朝鮮半島で何が起こったのか(後編)

  4. 朝鮮王朝の「経国大典」を知っていますか?

  5. 朝鮮半島はなぜ南北に分断されたのか(特別編集版)

  6. 韓国はなぜ日本の植民地になったのか/一問一答編3

  7. 朝鮮戦争はどんな戦争だったのか

  8. 日韓請求権協定とは何か

  9. 絶対に読みたい『春香伝(チュニャンジョン)』!韓国の国民的な伝承物語

PAGE TOP