なぜ朝鮮王朝が寄贈した鐘が今も東照宮にあるのか

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平成の大修復が終わった陽明門

徳川幕府からの要請

朝鮮王朝が東照宮に寄贈した鐘が今も残っていて、観光客も自由に見ることができる。その鐘は、陽明門の手前の右側に置かれている。
鐘をよく見ると、古色を帯びた銅製ではあるが、「朝鮮王朝から贈られたもの」であることを示す銘文をはっきり読み取ることができる。
この鐘が贈られるときには、次のような逸話があった。




最初に鐘を寄贈してほしいと朝鮮王朝に頼んだのは徳川幕府だった。それは、第5回目の朝鮮通信使の来日が計画された頃である。実際には寛永20年(1643年)に来日が実現しているが、その準備段階で徳川幕府が朝鮮王朝に伝達した希望の進物の中に鐘が入っていた。東照宮の存在に箔を付けるためには、外国で鋳造された鐘こそが最適だと徳川幕府は考えたようだ。
しかし、当時の朝鮮半島では銅が不足しており、朝鮮王朝も徳川幕府の要望をすんなり受け入れることができなかった。そこで、やむなく丁重に断ったのだが、それでも徳川幕府はあきらめなかった。
「銅を対馬から提供するのでぜひ鐘をお願いしたい」
徳川幕府は再度要請した。朝鮮王朝も、銅の提供を受けるとあれば鐘の鋳造を断る理由を見つけられない。日本との関係を悪化させないためにも渋々了承したのである。

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