『オクニョ 運命の女(ひと)』を楽しく見るためには、背景となっている時代の歴史について知っておいたほうがいい。このドラマは、主に朝鮮王朝の1550年代を描いている。この時代の特徴は、どんなところにあったのだろうか。
暗黒の時代
朝鮮王朝の1550年代というと、13代王の明宗(ミョンジョン)が統治していた。しかし、この明宗にはほとんど実権がなかった。なぜなら、母親の文定(ムンジョン)王后が明宗の後見人として絶大な権力をふるっていたからだ。
文定王后は、11代王・中宗(チュンジョン)の三番目の王妃である。歴史的にも悪女としてよく知られている。
実は中宗の次に王位を継いだのは、彼の二番目の正室だった章敬(チャンギョン)王后が産んだ仁宗(インジョン)であった。
この仁宗は、中宗の長男として1544年に即位したのだが、わずか8カ月で急死している。
文定王后が自分の産んだ明宗を王に就けたいがために、仁宗を毒殺したという疑いが非常に強い。
文定王后の弟が尹元衡(ユン・ウォニョン)だ。彼は、能力的に凡庸なのだが、姉の文定王后の引き立てによって政治の中枢を担っていた。
この尹元衡の妾だったのが鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)で、「朝鮮王朝三大悪女」の1人に数えられる女性だ。彼女は、文定王后の手先として王宮の中で様々な悪に手を染めたと言われている。
最終的に、鄭蘭貞は尹元衡の妻を殺して、自分がその後妻におさまっている。
このような人間関係を見ていくと、国王の明宗を取り巻くように母の文定王后、母の弟の尹元衡、その妻の鄭蘭貞の3人が「悪のトライアングル」を形成して王宮内で跋扈(ばっこ)していた。
1550年代は干ばつが続いて、庶民の生活が非常に苦しかった。餓死者も多く出ているほどだ。それなのに、最高の権力を持った文定王后は、身内で政治を牛耳って賄賂を横行させた。このように政治が腐敗したことで、庶民の暮らしはさらに苦しくなった。
明宗は善良な国王であったのだが、母をはじめとする取り巻きによって常に苦しい立場に追い込まれていた。
いわば、1550年代は朝鮮王朝にとって暗黒だったと言える。そんな時代を舞台にしているのが『オクニョ』なのである。
文=康 熙奉(カン ヒボン)