韓国時代劇を見て興味を持った朝鮮王朝の歴史がコンパクトに解説されているのが『新版 知れば知るほど面白い 朝鮮王朝の歴史と人物』(康煕奉〔カン・ヒボン〕著/実業之日本社発行)である。この本の一部を掲載して、韓国時代劇の理解に役立つ知識を紹介しよう。第三回は「女官の野望」である。
女官の暮らし
朝鮮王朝では日本の「大奥」に該当する部署を「内命婦〔ネミョンブ〕」と言った。
この内命婦は職種によって所属が分かれていた。
具体的に例をあげると、国王と王妃が住む寝殿などの整備、王族の衣服や布団の制作、宮中で使われる装飾物に使う刺繍の管理、洗濯と衣服の手入れ、飲料水やお菓子の用意、酒の醸造、王族の洗面水や浴槽水の処理、食事の調理といった業務があり、それぞれの担当者ごとに組織が構成されていた。
各組織で実際の業務に当たるのが内人〔ネイン〕で、管理職として仕切っていたのが尚宮〔サングン〕だった。このあたりの様子は「宮廷女官 チャングムの誓い」にもよく出てきていた。
本来、女官は幼い頃から宮中に入って修業をする。能力がないと見なされると宮中から出されるので、脱落しないで生き残るのも大変だった。そうやって努力した末、18歳頃に内人に任命されることが多かった。まだ若いが、それでも10数年の経験を経ている場合がほとんどだった。
内人になると上司の尚宮から離れて何人かで一部屋を使うことを許された。その際、同居する女官同士で同性愛になる場合も多かったとか。一生ずっと男子禁制の世界だけに、対象を同性に求めざるをえなかったのだろう。
内人から尚宮になるまでには15年くらい要した。尚宮になると、すでに30代なかば。もう宮中で30年近く過ごしていることになる。それでも、出世を望む女官は、あらゆる手を使ってでも上司に取り入ろうとした。
究極的にいえば、女官の最大の野望は王と関係を結ぶことだった。王から寵愛されれば、最高の待遇と権力を得ることができる。
とはいっても、内命婦には500人以上も女官がいるだけに、その中でひときわ目立つのは並大抵ではなかった。
現実的には、ほとんどの女官は外部と遮断されたまま宮中で年老いていった。そして、
病気になれば宮中から追い出されてしまったのだ。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
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