『不滅の恋人』のイ・ガンのモデルは甥から王位を奪った世祖(セジョ)!

このエントリーをはてなブックマークに追加

2人の息子が早世

世宗時代からの忠臣の間では、端宗の復位を狙う動きが起こった。
しかし、世祖はこの動きを力づくで抑えつけた。その際には、むごたらしい血が数多く流された。
端宗が生きていては安心できない、と感じた世祖は、端宗を流刑にしたうえで死薬を与えて殺した。
端宗はまだ16歳だった。
聖君と崇められる世宗の二男が、これほどの非道を繰り返したのだ。
そんな世祖の治世は1468年まで13年間続いた。
彼は王朝の基本法典である「経国大典」の編纂に功績があり、王権の強化という面でも実力を発揮した。
しかし、晩年の世祖は苦しんだ。




長男が19歳で夭逝したことも世祖にとって痛手だった。ちなみに、世祖の後を継いで8代王になった二男も19歳の若さで亡くなっている。
重なった悲劇……世間は「因果応報」と噂した。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

放送が後半に入った『不滅の恋人』の史実を解説する!

『不滅の恋人』が描く時代の史実はどうだった?

朝鮮王朝おもしろ人物列伝(7代王・世祖編)

世祖(セジョ)はなぜ朝鮮王朝でも評判が悪いのか

晩年に悲劇続きだった世祖(セジョ)は因果応報だったのか

ページ:
1

2

関連記事

  1. イ・サン(正祖)がよくわかる!歴史エピソード集1

  2. 本当に文字を作ってしまった国王!

  3. 歴史に生きた貞明公主「第2回・悲劇」

  4. 42人の王妃の中で一番の悪女だった2人とは誰か(歴史編)

  5. ファン・ジニ(黄真伊)!男なら誰もが会いたがった

  6. 朝鮮王朝で一番ひどい極悪ファミリーとは?

  7. トンイ(淑嬪・崔氏〔スクピン・チェシ〕)の素性は怪しかった/朝鮮王朝秘話2

  8. トンイはなぜ王妃になれなかったのか

  9. 激動の中で国王はどう生きたか3「反逆の時代」

PAGE TOP