全身全霊の演技
ちょうどその時期、ビョンスが住む地域では、女性を襲った連続殺人事件が起きていた。ビョンスはその犯人としてテジュを疑うのだが、その彼がなんと自分の娘と付き合い始めたのである。
ここから、娘を守るためのビョンスの闘いが始まる。彼は自分の過去の経験を思い出しながら、激しくテジュに迫っていく。しかし、最近のことをすぐ忘れてしまい、映画の中で展開される場面が現実なのか夢なのかが観客にはわからなくなる。
しかし、戸惑うことはない。そのままスクリーンに見入っていれば、自然とストーリーが大河のように流れていく。さすがに、傑作長編ミステリー小説を映画化したという作品だけに、『殺人者の記憶法』は緻密な場面が巧みに紡(つむ)がれている。
それにしても、ソル・ギョングの演技が凄まじい。おそろしいほどの演技力だ。
彼が見せる表情の1つ1つによって、アルツハイマーになった男がどのように死ぬ気で記憶を取り戻そうとしているのかを思い知らされる。頬が痙攣(けいれん)する瞬間に、観客は固唾(かたず)を呑むだろう。同時に、ソル・ギョングの全身全霊の演技に畏怖さえ抱く。
『ペパーミント・キャンディー』でブレークして20年近くが経つ。あれからソル・ギョングは、韓国映画界をリードする本格俳優として活動してきたが、この『殺人者の記憶法』は、そんな彼の俳優としてのキャリアを存分に味わえる作品だ。(ページ3に続く)