張禧嬪(チャン・ヒビン)の最期!『トンイ』と史実はこんなに違う

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

1701年、19代王・粛宗(スクチョン)の側室だった張禧嬪(チャン・ヒビン)は、亡くなった仁顕(イニョン)王后に対して呪詛(じゅそ/呪い殺す儀式のこと)をした罪で死罪となった。そのときの描き方は、史実とドラマ『トンイ』では、どのように違うのだろうか。

20100413090107_tjpippo_1

奇怪な行動

まず、史実から見てみよう。
記録によると、張禧嬪は死の前に「ぜひ息子に一目会わせてください」と粛宗に願った。粛宗は拒否したが、張禧嬪があまりに懇願するので最後は情にほだされて、張禧嬪と息子(後の20代王・景宗〔キョンジョン〕)の面会を許した。




この世の終わりに13歳の息子と会えた張禧嬪。万感の思いで息子を抱きしめるのかと思ったら、なんと、息子の下焦(ハチョ/膀胱の上のあたり)を強く握りしめて離さなかったらしい。
息子は衝撃で気を失ってしまった。
なぜ、張禧嬪は奇怪な行動に出たのか。
まさに、永遠の謎である。(ページ2に続く)

悪女と言えば張禧嬪(チャン・ヒビン)/朝鮮王朝悪女列伝5
https://goo.gl/LRSwB8

淑嬪崔氏(トンイ)/朝鮮王朝美女物語2
https://goo.gl/oAuy2M

貞明(チョンミョン)公主/朝鮮王朝美女物語6
https://goo.gl/CREXRW

ページ:

1

2 3

関連記事

  1. 国王の正室と側室の人数比較!

  2. 張禧嬪(チャン・ヒビン)はこのように生きた!(中編)

  3. 仁粋大妃(インステビ)の人生は何だったのか

  4. イ・ジュンギが『麗』で演じた光宗とは誰なのか

  5. 昭憲王后(ソホンワンフ)の人生は何だったのか

  6. イ・サン(正祖)が即位直後に一番やりたかったことは?/時代劇特選3

  7. 英祖と思悼世子の親子関係の正体4「息子を餓死させた英祖の後悔」

  8. ドラマ『イ・サン』で重要な役割を演じた5人の女性の正体は?

  9. イ・サン(正祖)はどんな国王だったのか

PAGE TOP