晩年に悲劇続きだった世祖(セジョ)は因果応報だったのか

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

朝鮮王朝最高の聖君と言われた4代王・世宗(セジョン)の二男に生まれた世祖(セジョ)。彼は7代王になる過程で、甥から王位を奪って死罪にして、弟も殺している。非道な世祖は晩年に次々と悲劇に見舞われたのだが……。

 

非道をつぐなうかのように

甥の端宗(タンジョン)から王位を奪って即位した7代王の世祖。彼にも後ろめたい気持ちがあったようで、自分がおかした非道をつぐなうかのように、世祖は懸命に国事に励んだ。
王としての世祖の功績は、朝鮮王朝の基本法典である「経国大典」の編纂を始めたことと、王権を徹底的に強化したことだ。このように、世祖は権力の中央集権化を進める一方、庶民の生活の安定にも力を注いだ。




確かに、政治的には有能な王であった。幼い端宗が政治を仕切るより、さまざまな面で成果が多かったと思われる。
とはいえ、甥や弟を殺したことの免罪になるわけではない。(ページ2に続く)

世祖(セジョ)/朝鮮王朝おどろき国王列伝9
https://goo.gl/nmxeDa

世祖(セジョ)の非道!朝鮮王朝の重大な事件簿2
https://goo.gl/ynNdhC

文宗(ムンジョン)の不覚!朝鮮王朝の重大な事件簿8
https://goo.gl/u3a4zu

ページ:

1

2 3

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

連載記事「日韓の二千年の歴史」

日本と朝鮮半島の間には長い交流の歴史があります。古代から現代までの二千年の間、果たしてどんな出来事があったのでしょうか。日本各地に残る史跡を訪ねて両国の交流の歴史をたどる連載が「日韓の二千年の歴史」です。改めて過去を振り返ることで見えてくる現実もあります。そういう意味では、二千年の歴史は今の日韓関係を考えるうえでも重要な要素をたくさん持っています。ぜひ連載記事をお読みください。

ページ上部へ戻る