朝鮮王朝では「王位継承をめぐる骨肉の争い」が多かった

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

朝鮮王朝では、王家を揺るがす大事件があまりに多く起こっている。その最たるものが、王位継承をめぐる骨肉の争いである。王族同士の熾烈な闘いをここで改めて振り返ってみよう。

19Te0Ff95cBIbr71493950709_1493951055

まずは「王子の乱」

朝鮮王朝は王を頂点とする中央集権国家なので、王が誰になるかによって王族や官僚も立場がガラリと変わった。
それだけに、王を取り巻く人たちにとっては後継者の動向が死活問題であり、結果的に王の座をめぐる争いが熾烈をきわめた。その渦中で、親子や兄弟の間で骨肉の争いが多発したのだ
それでは、どんな争いがあったかを見てみよう。




その1。
初代王・太祖(テジョ)の後継者をめぐって第1夫人と第2夫人の息子たちが激しく争い、第1夫人側の息子たちが、後継者に決まっていた第2夫人の息子を殺害した。これが1398年に起こった「王子の乱」である。
その結果、太祖の五男の芳遠(パンウォン)が実権を握り、彼は3代王・太宗(テジョン)として即位し、朝鮮王朝の初期の骨格を作り上げた。(ページ2に続く)

ページ:

1

2 3

関連記事

  1. 韓国で芸能人が卑下されてきた歴史的な背景とは?

  2. 植民地時代の朝鮮半島で何が起こったのか(後編)

  3. 儒教は朝鮮王朝をどう変えたのか(中編)

  4. 1965年の日韓国交締結はどのように行なわれたか

  5. 儒教は朝鮮王朝をどう変えたのか(後編)

  6. なぜ朝鮮王朝が寄贈した鐘が今も東照宮にあるのか

  7. 日韓請求権協定とは何か

  8. 韓国はなぜ日本の植民地になったのか/一問一答編3

  9. 朝鮮半島はなぜ南北に分断されたのか(2020年版)

PAGE TOP