一番の強権を持った王
王になった太宗だったが、悩みの種は父である太祖との不和だった。
太祖は息子の即位を認めず、王の証である玉璽(ぎょくじ)を持って故郷の咸興(ハムン)に引きこもってしまった。
太宗は、重ねて太祖に使者を送った。しかし、使者たちはことごとく殺されて都に戻ってこなかった。
こうして親子の不和は続いたが、最後は太祖が信頼する無学(ムハク)大師に説得されて、玉璽を太宗に渡した。
このように父の許しを得た太宗は、名実ともに朝鮮王朝の国王となり、創設まもない王朝の基盤づくりに実力を発揮した。
朝鮮王朝が518年間も続いた長寿王朝になったのは、3代王の太宗の功績がとても大きい。
そういう意味でも、朝鮮王朝の27人の王の中で、太宗は一番の権力を持った強大な王であった。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
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