康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人15」

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この博多湾のずっと先に日延の故国の朝鮮半島がある

日本での生活は72年間

日延はやがて秋月本証寺に配流されるが、現実的には法性寺を中心にして蟄居生活を送ったようだ。その中でも、彼はいくつかの寺を開き、布教に努めた。

一方、父を配流して殺害した朝鮮王朝15代王の光海君は1623年にクーデターで王宮を追われ、最後は配流先の済州島(チェジュド)で1641年に亡くなっている。その一報を日延も聞いていたことだろう。

そのとき、自らの経で亡き父に報告したのだろうか。




以後も日延は日本で布教に専念し、1665年に77歳で世を去った。

1593年に日本に連れてこられてから、亡くなるまでの72年間、一度も故国に戻れなかった。とはいえ、4歳で日本に来ているので、故国の記憶はほんのわずかにあるだけだったかもしれないが……。

それでも、朝鮮半島に最も近い博多で長く住んだことは、少しでも慰めになったのではないだろうか。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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